新たに

「────でですね!! 」

「あの……チハたん。凄いのは分かった。それに嬉しいのも身に染みて分かったよ……」

「そうなのです!! チハの固有スキル【大和魂】と神威魔法【神風雷神】を組み合わせれば、M4戦車はおろか、ソビエトのIS戦車も……いやいや大型空母であっても沈められますよ!!!!」


 月が綺麗な静まり返った夜の町にチハたんの自慢げな声が響く。


 俺は横にいるチハたんに疲れた目を向けこう言った。


「あのなチハたん……もうその話は20回近く聞いたし、そろそろ俺も口に出して言えそうだし、なんなら夜だし、もう眠気が限界だから寝ても良い……?」

「あ、あれ?? チハそんなに話してましたか……? それにまだ12時じゃないですか。夜はここからが本番なんですよ?」


 グイグイと身を寄せてくる。


 頼む。もう身体が動かないというか眠いんだ……。だからせめて今日……いや一週間くらい毎日ちゃんと寝させてくれ……。


「前世の俺ならいざ知らず、今の俺は精神年齢18歳、容姿年齢10歳程度なんだからさ……正直10時あたりからもう限界だよ……」

「いやいや~そんな素っ気ない事言わないでくださいよ~! リリーナスにいる時はしょっちゅうマルナと夜遅くまで一緒にいたじゃないですか~」


 さらにグイグイと身を寄せてくる。


 そろそろ意識を保つことさえ厳しいくらいに眠い。できるものならせめて平らな床に横になって寝たい。


「あのな……有り金ほとんど使い切ったのは誰だよ……おかげさまで馬小屋はおろか、そこらへんにあるベンチで寝泊まりしないと……あかんやん……」

「…………てへ?」


 ──てへって可愛く言ってもあんまり許さないからな……多分。


 限界のあまり関西弁が混じったり、ツッコミを入れなかったりしつつ、寝る前最後に釘を刺しておくためにどうにか声を出す。


「…………たとえチハたんであっても寝てる間に手出したら絶縁だからな……」

「……!?!?!?!?」


 そうして、あからさまに動揺を見せるチハたんを確認しつつ、ついでに防御結界を張り巡らした後、やっとのことで俺は眠りについたのであった。



 翌日、目が覚めた俺はすぐさま行動しようと思い、身を起こそうとしたが力が入らない。どうやらまだ完全に体力が回復していないようだ。


「あ、おはようございますレインさま!!」


 なんと、俺もだいぶ早く起きたつもりであったがチハたんの方が早く起きていたらしく、既に荷物をまとめていた。


「おはようチハたん。早起きだな~」

「もちろんです!! チハは戦車である前に帝国軍人っ!! たとえ戦車から人の姿になったからといって、軍人としての作法、心構えは心得ているのです!!」

「そうか……靴、右と左逆だぞ」

「な……!?」


 慌てて靴を履き替えるチハたんを見ながら、俺は今後の方針を整理する。


 ひとまず金がほぼほぼ使い果たされた今、即時に稼げれるような職業に就く必要がある。そして異世界で日銭を稼げる職業といえばそう、冒険者である。


 そしてこれから俺達は冒険者登録をするため、ギルドに向かわねばならないのだが……


「……これ、魔力が足りてないのか……」


 別にステータスを表示せずとも分かる。身体はケガも倦怠感もなく万全な状態であるのに、なぜか力が入らない。


 ちなみに、どうやらこの世界の魔力というのは生命力にも関係しているらしく、潜在的に魔力が多い人などは他の人よりも高い身体能力を発揮するという。


 今の俺は魔法も使えないため、どうやら自分自身の魔力の枯渇が原因のようだ。


「あ、動けないのはもしかして魔力を使い果たしてしまったからですかね?」

「どうやらそうらしいな……」


 次からは魔力の使用には気を付けなければ……。


 とりあえず、何らかの疾患とかじゃないことが分かったため安堵はできる。だが魔力が回復するまでこのままベンチ生活をするわけにもいかない。


 ──こうなったらあの裏技を使うか……──と、何気に影が薄れてはいたが俺の固有能力ユニーク・スキル    を使う準備をした。


「なるほどです! それならチハが解決させましょう!!」


 何やら策があるらしく、「ささっ、お手を拝借します!」とチハたんが俺の手をとった。


「──エサイメント」


 何かの術式を唱えた瞬間、突然のむずがゆさというか気持ちよさといか、魔力がチハたんの手を通して送られてくる何とも奇妙な感覚に陥り、思わず「んぬお……」と声を漏らす。


 しかしどうやら効果ありなようで、チハたんから魔力を送られてくるにつれ、俺の身体に力が入るようになってきた。


 ちなみにチハたんはというと、なぜか頬を赤らめながら目を瞑っていた。うん、何も聞かないでおこう……。


 20秒ほど送ってもらうと俺の身体には自由が戻り、いつも通りに動けるくらいになっていた。


「ありがとうチハたん!! おかげで回数制限あるスキルを使わなくてすんだよ!!」

「ぃゃぃや……また困ったらチハを頼ってくださぁい……」


荒い呼吸をしながら応えるチハたん。どうやら相当俺に魔力を使ったらしい。


 ちなみにあとから聞いた話ではあるが、今回使った魔力譲渡は使用者は供給者に対して自身の生命力を渡すため、それなりの不快感や倦怠感、眩暈に頭痛などを負うらしい。つまりそういう事だ……。


 しかし当時の俺は知ることも無く、それにこれからの事が優先事項であったため、チハたんの反応に深く追求することはなく、身支度を整えたら冒険者ギルドに向かった。



 冒険者ギルドは数多ある。それぞれは規模や賞金、イベント、ルールなどが違い、冒険者はその中から一番合うギルドに所属するのだ。


 このミリエルラという街には三つのギルド、天龍ノ導てんりゅうのみちびき流離ノ勇者さすらいのゆうしゃ、フリージアが設置してあった。


 その中でもルーカスの所属していたギルド天龍ノ導てんりゅうのみちびきは大規模かつ賞金も良かったが、いろいろな裏事情を抱えているため選択肢から外れる。


 つまり選択肢は残り二つ。だが俺は既に決めていた。


「フリージアだな。色によって花言葉が違う花の名前だし、実力があれば最初から高いランクに行けるらしいからな。」


 と、半分は俺自身の記憶から引っ張り、もう半分は看板に書かれた文から引っ張り出してきた。


 しかしどうやらチハたんもこの決定には大賛成なようで、「さっそく行きましょう!!」と手を引っ張る。


 これから俺とチハたんは冒険者としてこの世界を生きていくことになるのだろう。その生きていく過程で様々な困難、例えばギルドの報酬が低いとか、モンスターがあまりに強すぎて……いや、こういう事はきっと無いんだろうな……全部チハたんだけでも倒してしまいそうだし。


「まあ、そんな異世界生活も悪くない、か」


 異世界生活といったら毎日が賑やかで、波乱万丈で楽しいものだと思っていたが、別に数多いる冒険者の一人となって静かに暮らすのもありなのかもしれない。


 もちろんこれまでの事でやり残したことや後悔、悲しかったことだってある。だけどそれらを踏まえたうえで、これからは未来のための今を全力で頑張ってみよう。そうすればいつか、またみんなで笑いあえる時が来るはずだから。


「──そのためなら、化学兵器チハたんチートスキル持ちの転生者の能力をフルに活用してもいいよな……?」



次章へ続く……

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旧作、異世界ならチハたんでも無双できる説!! 清河ダイト @A-Mochi117

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