自由
「…………ん……」
ピヨピヨと小鳥がさえずる声が聞こえる。
身体には上下から軽くて柔らかい感触が伝わり、頭は首が一段上がって、これまた柔らかい感触が伝わってくる。おそらくベットか布団に寝かされているのだろう。しかし、今の俺達は逃げてきた身で、テレポートも場所設定できないた適当などこかも分からない土地にやってきたわけで、協力者も居なければ知り合いすらもいない。
もしかしたらここは敵地かもしれない。そうなれば周囲の状況の確認と脱出する準備をしなければならない。
だから俺は目を開け、
「…………………………だれ?????」
「あっ!!!!! やっとお目覚めになられたのですね!!!!!!!!!」
目の前に赤髪のショートヘアで、赤いハチマキを頭に巻いた少女が座って…………いや、どうやら「膝まくら」をしているようだ。
──いったい誰だこの子。状況……? からしてこの子かご両親が森で倒れていた俺を家まで連れ帰って、看病してくれたのだろうか? ならばなぜこの子は膝まくらしているんんだ?
「あ、あの……どちら様で……?」
恐る恐る質問すると、赤毛の少女は自慢そうに胸(まな板)をはり、鼻をとがらせた。
「私はチハですよレインさまっ!! どうです? 驚きました!!?」
「………………まじ?」
「マジノ線並みにマジです!」
「……大和?」
「魂!!」
「……九七式?」
「私ですチハです!!」
「……ピーマンは?」
「大っ嫌いです!!! 米国よりも!!」
「まじだ……」
いくつかの質問の後、俺は目の前にいる少女がチハたんだと確信する。
「で、でもどうやって人の姿になったんだ!?」
「え~とですね……なんか魔法とかでなんかこうなりました!!」
いったいどんな魔法だよ──と思いながらも、聞いてもらちが明かなそうだったためここは何も言わないでおく。
しかし、
「レインさま。起きて早々頑張ろうとしすぎじゃないですか?」
寝たまま考え込む俺に、チハたんが心配そうに声をかけてくる。
「え? そうかな……?」
「あれだけの事があって、終わってもずっと意識が無いまま寝込んでいたんですから、今くらいはちゃんと休んでください!!」
「え~……ちなみにどれくらい意識なかったの?」
「2週間ほどです」
「にしゅうかん!!??」
そういわれると、なんだかまだ疲労感というか脱力感というか、体に思うように力が入らない気がする。
試しに起き上がろうとしたが少し頭が離れるだけで、どうやら歩くことはできそうにない。
「う……動けない……」
「それはそうですよ、何も食べてない飲んでないですから。」
「何も飲まず食わずで二週間て……俺自身が言うのもなんだけど良く生きてるな!」
人間3日水分を取らなかったら死ぬらしいからいろいろ謎は残るものの、とりあえず生きていたことに軽く笑ってみた。
だがそんな俺を見たチハたんは瞼を伏せ、唇をかんだ。
「……心配、してました。……もしかしたら、このまま死んでしまうのではないかと……」
「チハ……」
チハたんは拳をギュッと力強く握る。同時に、俺の頬に水滴が落ちてくる。
「……あの戦いの後、心配することしかできませんでした。レインさまが苦しそうにしている時も、チハは傍にいるだけで何の手当も行えませんでした。もしチハが適切な手当を行えていたら、もっと早く意識が戻ったはずです……。こんな不自由をかけなくて済んだはずなんです……!」
きっと俺の身体の事を心配してくれているのだろう。それに責任も感じてしまって、今こうして涙を流しているのか。
涙を流すチハたんを前に、不思議と俺は冷静かつ動きにくい身体の事を、そこまで大きな不自由だとは思わなかった。それに、いつもなら湧いてくる「もしこのまま身体の自由が利かなくなったら」などというネガティブなイメージが来ることも無かった。
「……俺は元々不自由だったな」
俺の言葉にチハたんは驚いたように目を見開いた。
「この世界に来るまで、俺は周囲の目を気にしすぎて強引に自分を周りに合わせて、本当の自分を抑えつけて縛ってたな。まあそれは社会で生きていく上では必要な事だったし悪い事じゃなかったな。」
この世界に来る前。サボらずパソコンで仕事をする日々、後輩の飯癖に同調する日々、失敗したら皆に迷惑が掛かってしまうから夜中まで確認作業をする日々……それら全ては俺の本当の本心とは逆の事や食い違っていることがあった。
だけれど、それによって上司や周りの自分への評価が上がったり、後輩の信頼を得たり、結果的にミスなく仕事をこなせているようになったり、良いこともあった。
「この世界に来てからもその「周囲の目を気にする」性根は残ってた。でもこの世界でチハたんや皆と出会ってから、そんな束縛から解放されたような気がしたんだ。」
そう、この世界に来てから真っ先に自分が気にしたのは己の姿であった。もちろん、周囲からの目が恐ろしくて。
けれどこの世界の仲間と交流していくうちに、そんなに周囲の目を気にしなくなっていった。時に朝起きれずマルナに起こされたり、時に剣術がほとんど上達せずルーカスを困らせたり、時にお酒に手を出そうとして皆から止められたり、時にすこし酒を飲んでしまって酔った勢いでチハたんに突撃したり……。いろいろトラブルや困らせたことはあったが、そうやって自分の本性をさらけ出していくうちに自分自身への束縛をほどいていけたような気がする。
「もちろん、前よりも忙しい時や辛い時、悲しい時もあった……。けど、それより沢山の仲間や繋がりや友達ができた事が嬉しかったし、自由に喋って自由に近くに居られることが幸せだった」
頑張って右腕を上げ、手をチハたんの頬に触れる。
「今だって身体全身は動かないけど、腕を上げるくらいならできるし、一人じゃない。誰かが傍にいてくれる事自体が俺にとっては特別なんだ」
すこしもっちりとした弾力、元の姿が鋼鉄の戦車だとは誰も思わないくらいの柔らかい
「自由っていうのはそれまでに不自由があるからこそ特別なことで、人によって自由と感じることも不自由と感じることが違うんだ」
「…………」
「俺にとっての不自由は誰も気にかけてくれないこと、つまり一人ボッチな時だ。だから今は違う。だってチハたんがこうやって膝まくらも、涙も流してまで俺の事を想ってくれているからさ。」
「……ほんとに……本当にチハで、チハなんかで良いんですか……?」
「あぁもちろん! チハたんが、いやチハたんだから良いんだ。俺が嫌って拒否しても付いてきてくれるし、俺を絶対に一人にさしてくれないチハたんだから」
「────」
「それに俺は死なないよ。今まで何回も死にそうになってきたけどその度どうにか生き抜いてきたしさ。あとこれからは俺も一人でどうにかしようとするんじゃなくて、積極的にチハたんにも話そうと思う。だからチハたんも何かあったら俺に相談してほしい。…………た、大切な存在、だからさ……」
最後、ちょっと恥ずかしかったが何とか本心を言えた。
正直言って俺はチハたんの事が本当に好きなのかもしれない。性格も見た目も何もかもが完璧で、なおかつ近くにいてくれるとなんだか安心する。もちろん人の状態ではなく戦車でもだ。
もし俺が男として転生し、チハたんと会っていたらいろいろ進展があったり、変わっていたかもしれない。
だがたとえ実らぬ愛であっても、俺はそんな距離感でもよいと思う。仲間として、友達として、親友として、この世界を生き抜いていこう。
チハたんは俺の右手に手を添えると、涙をキラキラさせながらも満面の笑みを見せてこういった。
「……はい!!」
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