光の嵐に

 数十両の集中砲撃を受け静かに最期を待たんとしていたチハだったが、突然周囲が青い光に包まれ別の場所に移動したことに気が付くと少し安堵する。


 しかしレインが倒れていることに気が付くとすぐに駆け寄った。


「……ぐっ、木がっ……!」


 だがチハはレインに近づくことは出来なかった。チハ達がテレポートした場所は森の中。全長5.55 m、全幅2.33 m、前高2.23 m、重量は14.8tであるチハは狭い木と木の間を通ることは難しい。かといって薙ぎ倒すのもレインを巻き込む可能性があるため不可能で、レインも意識が無いためお互いに近づくことができない。


「まったく、我々も暇ではないんでね、これ以上手間を取らせないで欲しい。」


 別の方向の木々の隙間から迷彩服の男が現れた。どうやら奴らも同じようにテレポートしてきたらしく、続々と周囲にシャーマン戦車が現れる。


「これ以上逃げても結果は変わりませんよ。大人しく死んでください」

「変わらない……?」

「今のようなテレポート、我々は簡単に扱えれるのに対し、あなた方はどうやら一回が限界。つまり逃げることもできないわけですよ」


 そう男が言う後ろで、こっそりとレインへと近づこうとしているM4センシャの横っ腹に徹甲弾をぶち込む。さすがに横っ腹ならばチハでも貫通できるため、周囲の敵の隙をつこうとしたものの、一両破壊されたことで一斉に車体正面を傾けてしまう。


「無駄な足掻きですね、そんなに周囲を見ているとご主人が手薄になってしまいますよ?」

「き、貴様っ……!!!! その手を離せ!!!!!!」

「おっと撃って良いんですか?今私もろとも撃ってしまったらご主人も傷つかれてしまいますよ?」

「うぐっ……」


 レインを盾にするように抱える男に、何もできないチハは歯がゆさと悔しさと、無力感を感じていた。


 チハ──九七式中戦車は戦車の中でも割と小柄な方ではある。だが、普通の人間や人型と比べたら何倍も大きく、移動する履帯はあれども抱え上げる腕がない。


 ──もしチハに腕があったら、もしチハが人であったら、もっとレイン様のお近くにいれるのに──そんな事を思うときは何度もあった。レインが傷つき、悲しんでしまった時に真っ先に声をかけ、お助けするのがチハの役割であり、命を授けてくれたレインへの使命なんだと。


 だが実際はどうだ。この巨大な戦車のガタイのせいで、カチカチな鉄板のせいで、いつも本当に必要な時に、レインが苦しんでいるときに隣にいることができない。ましてや護衛の任を授かったのにも関わらず、今こうして何も出来ずに見送ろうとしている。



──その願い。叶えてあげます。…………愛しき人を愛する物よ。



 突然、直接脳内に何者かが語りかけてきて、同時にチハ全体を無数の魔法陣が囲った。それらの魔法陣は色とりどりに輝き、ゆっくりとチハの周りを旋回している。


 流石にこの突然の光景には男も驚いたらしく「なっ……!?!?!?」と言葉を詰まらせる。


 チハも驚きはした。なぜ? 誰が? 何を?。だが語り掛けてきたあの声、言葉、雰囲気はレインの関係者のようであり敵対心は感じ取れなかった。


 だから、自然とチハも目を瞑り、魔法に車体を任せた。


──────────


「っつ!? う、撃って!!」


 得体のしれない恐怖と予感に、慌てて部隊全体に発砲命令をし、M4戦車はそれに従い発砲したがそれらは全て他の魔法陣による結界でたどり着くことはなかった。


「い、いったい何が起こるというんだ……!?」


 男……馬場和樹ばば かずきは己の判断と、早くとどめをささなかった油断に悔やんだ。


 いくらでも仕留めれる機合は合った。だが少しでも情報を取りたいという欲に駆られ、チハを散々煽った。だがあまり大きな情報を得ることはできず、なおかつこうやって覚醒(?)させてしまった失態。このまま本部に戻っても二階級降格……いや、クビになるだろう。だからどうしてもここで抑えなければ、仕留めておかなければならない。


 だがその焦りにより、いつの間にか腕に掛かっていた重みが消えている事、魔法陣が消えていることにすぐさま気づけなかった。


「な……なにっ……!?!? おまえは……?!?!?!」


 振り返り、そこに立っていたのは


「さっきまではよくもやってくれましたね……覚悟はいいですか」


 次の瞬間馬場の戦車は炎に包まれ撃破され、最期に戦車チハと──いや少女チハたんと目が合った。その目は殺気に駆られていながらも、同じ日本人を見て憐れむような目を向けていた。


 そして馬場はこの世界から去った。


──────────


「――っ!! 東洋のオリエント・電撃戦ブリッツクリーク!!」


 チハは木々と戦車の間を駆け、すれ違いざまに砲弾を横っ腹に叩き込んで倒していく。それはまるで雷が一閃したかの如く、その方向にいた戦車群は爆破撃破されていき、少し空間が生まれる。


「はぁ……はぁ……っぐ……」


 何度も何度も、何十回も上位スキルを使用した反動でとてつもない疲労感と息苦しさ、さらに人間の姿に慣れていないこともあり、少女は片膝をつく。だがその間にも、続々と木々を倒しながらチハの周りに戦車が集結してきており、休憩している暇はない。


「畜生……! 倒しても倒しても湧いて出てくるじゃないですか……!」


 おそらく百両以上は撃破したのにも関わらず、敵の勢いは弱まることはなかった。


 どうやらこの森全体にいるようで、それら全てを破壊するのは不可、だが幸いにも敵の指揮官は死んだし、「チハを破壊せよ」という命令しか出ていないため、本来の目的であるレインには見向きもしないため、現在レインを窪みの中に入れて反対方向へM4戦車を引き寄せている。


 正面に見える戦車を睨みつける。その奥にもまだまだ他の戦車が付いてきているが、その先には気配が無いためスキルを使わないでも容易に逃げることができる。


 少女は力を振り絞って立ち上がり、もう一度スキルを唱えた。


「……東洋のオリエント・電撃戦ブリッツクリーク!!」


 ――正面の戦車群を抜けたらこの場から逃げることができる。


 そんな邪念を抱いた時である。正面の戦車が突然右に車体を傾けた。それに少女は反応できず戦車と衝突してしまいスキルは解除、同時に弾き返される。


「うぐッ……!!」


 どこか内臓を打ったのか、それとも体内に傷ができたのか口から血が出る。そしていままで経験したことのない痛みで、少女はその場に倒れこんでしまった。


「……レ……イン、さま…………」


 今までチハは生身の人間というものに、憧れと憐れみを持っていた。一つは体が小さいため自由が利くこと。そしてその小ささゆえにあまりにも脆いという事。


 チハでも弾けるような銃弾でも、人間が受けたら致命傷になるし、時速何十キロで走ることもできない。加えて病や傷というものはとても痛むし苦しみを伴うのだ。


 チハはそれらを知らない。それゆえにこの痛みは予想を遥かに超えたもので、新鮮だった。そしてなぜだろうか、少しだけ嬉しくも感じていたのだ。


 人と人外、人と無機物というマイナスなラインから、やっと人と人という対等なスタートラインに、マイナスではなくゼロからのラインに立てた気がした。


 敵戦車が寄ってくる。進路方向にはチハがおり、轢くつもりなのだろ。


「……車体正面でなければチハでも抜ける……!!」


 近寄ってきた敵戦車の車体下部に砲弾をぶち込み破壊する。


 そう、正面でなければ貫通できるのだ。正面でさえなければチハでも勝てるのだ。だが、もうチハは満身創痍。気力もなければ弾もない。


――諦めるんですか?


 そんな時、またあの時の声が聞こえた。煽りにも聞こえる言葉に苛立ちながらチハは返す。


「……諦めたんじゃないんです。諦めるしかないんです」


――なぜです?


「見えるなら見ての通りです……今や敵に囲まれて弾もない……。いやそもそも負ける前提の戦い……で……」


――あなたは負ける前提で戦う馬鹿なんですか脳無しなんですか?


「…………そう、かもしれませんね……いつだってチハは自分勝手に突っ込んで、大した戦果もなく迷惑と惨害だけを残してしまう……。そもそも、チハがM4戦車に勝てるわけがなかったんですよ……


 蘇るあの記憶。突撃命令と同時に仲間のチハやその上に乗る兵士とともに米軍に総攻撃を仕掛けたあの日の記憶が。こちらがどれだけ撃って当てても弾かれて、逆に敵の撃った弾はいとも簡単に貫通し、大量の犠牲者を出したのにも関わらず作戦が失敗してしまったあの日。自分の弱さのせいで誰かの大切な人を殺してしまったあの日。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。チハはレイン様をちゃんとお守りすることはできませんでした。誰か知りませんがあなたのこの力も有効には使えず、こんな醜態をさらしてしまいました……。」


――……まったく。なぜレインの周りはおかしな人しかいないんでしょうか……。


 ――はぁー……。とため息。


――なぜそんなに落ち込むんですか? 力がないからですか?


「……そうです、チハには力がないんです。なのに口先だけは大きくて、本当は強くないのにスキルでごまかして……挙句の果てに頂いた力も環境も有効に扱えない……!」


 視界が濁る。どうやら水滴が溜まっているらしく、頬を撫でるその水滴は生暖かい。これが涙という物なのだろう。


 チハは悔しかった。せっかく見えた希望の光を掴み損ねたみたいに、せっかくM4戦車に勝てたのに、最期は結局個では数には勝てなかった。この世界でも圧倒的な物量の前に立ちはだかられ、敗戦してしまったのだ。


──なら、個でも数に勝てる方法を編み出せばいいじゃないですか? 例えば最上位魔法も超絶する神威魔法、とか。


「……え?」


 何を言っているんだこの人──いや人かすらも分からないけれど、最上位魔法すらも超絶するような魔法なんて聞いたことがない。そもそもチハはこの世界に来た時点である程度の情報と常識は得ている。だがそれでも神威魔法なんて情報もないし、最上級魔法よりも強力な魔法ならばリリーナスでも噂くらいには出回るはず。


──情報が無いのは当たり前です。私が編み出しましたし、私が使うためでは無いので使っていませんし。


 チハの思考を読み取っているようで、なんで使わないのに作ったの? という疑問にすぐ答えてくる。


──ある人に渡すためです。ですがどうやらあなたの方が適任のようですし。


「ある人……?」


──想像してください。大地を、大空を、大海原を駆け巡る神風しんぷうを。雲海から大地に降り注ぐ神雷しんらいを。全てを巻き込み、全てを蹴散らす。これは魔法で、奇跡。不可能はありません。たとえ標的が途轍もなく重くとも、たとえ標的が硬くとも、それらすべての法則をぶち壊し、勝利に導く光を


「勝利を……生み出す……」


 するとチハの手元に一枚の紙切れが現れた。


──……世界樹で待っています。どうかこの壁を、これからの壁も乗り越えて、また次は対面で話しましょう。


「……もちろんです」


 チハはボロボロの身体で立ち上がった。


 正直身体は全体が痛いし、足も腕も超重戦車のように重たい。だがチハの目にはこれまでにないほどの自信の光が宿っていた。それどころかこれから敵戦車に対して憐れみのような感情も浮かぶ。


 そしてなぜか、チハは心の底からワクワクしていて、の事が楽しみで仕方なかった。


 強大な力を手に入れたから立ち直るというのは余りにも身勝手で都合が良すぎるだろう。傍から見たらそれはただ助けを待つだけの薄汚い行動に過ぎないし、良い事とは言えない。


 助けてもらったのならその責任を果たすのだと言えば聞こえは良いが、結局それは合理化するだけで言い訳と同じだ。


 だが人という生き物は互いに助け合って生きていく生き物であり、一人で何もかもできるはずがない。だから例え傍から見たら薄汚い行動や切り替えであっても、助けてもらって新たな道が開けたのならばその道を進んで良いはずだ。


 だからチハは立つ。立って勝ちを掴み取り、光ある明日を目指す。他人からどう言われようとも気にしない。気にする必要は無い。チハにとって何よりも優先すべきなのは「勝利」と「レイン」だけなのだから。


 そして、人の形を得た今、ずっとずっっっとレインの近くにいて助けたり甘えたり、いろいろなことができるのだからより明日を見たい気持ちが高くなる。


「だれだか分かりませんが感謝します!!! チハに力と自信を与えてくれて!!! そしてこの力、必ずやレイン様のお役に立てます!!!」


 だからチハは何の躊躇もなく、声を張って唱えた。それこそレインにも、この世界全体に響くほどに。


「風よ吹け!! 雷よ駆け巡れ!! そして全てを蹂躙せよ!! 神風雷神しんぷうらいじん!!!!!!!」

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