再会
「お久しぶりですねレイン。千年ぶりくらいでしょうか?」
「──???!!!」
「何をポカーンとしてるんですか。千年ぶりの再会ですよ? 私なんてまた会える日が楽しみで楽しみで夜と昼しか眠れませんでしたよ」
「ふんっ」と腕を組みながら喋る。
しかし驚きと困惑で絶句してしまう俺の反応に、ミリア先生は右手を伸ばし──
「てりゃ」
「いたっ……!?」
額に強烈なデコピンをくらった。
「まったく、せっかく千年ぶりの再会なんですから一言ぐらいくださいよ。」
「…………………ほんとに……ほんとにミリア先生なんですか……?」
なんとか捻り出した言葉であったが、ミリア先生はすこし眉を寄せた。
「……ええもちろんですよ? あ、もしかしてあなた、私の知っているレインじゃないですね?」
「…………」
あっさりと中身が違うことを見破られ、また俺は黙り込む。しかしミリア先生はそんな俺の様子を見て「ふふっ」と小さく笑みを浮かべる
「な~んて、冗談ですよ? あなたは昔から何も変わってないですね悪い意味で。あ、もちろん良い意味でもありますよ?」
「…………」
「そういえば、このリンゴを例えて説明した時の結局の結論、何だったか覚えてますか?」
「え……?」
薄く白みかかった過去の風景を見つめながら質問してきた。しかし、俺はこの時の事を覚えていないし、何より今は全く頭が回らないため、首を横に振った。
「わかりません……」
「──たとえすることが同じであっても、自分が硬い意志と心からの気持ちを込めてするのでは全く別物なんだ──ですね。まあ正直私の説明が下手だったのも大いにあるんでしょうけれど。」
「…………」
「リンゴに例えると、このリンゴは「美味しい」とかプラスの気持ちで食べればとても美味しく食べられますし、逆に「食べにくい」とかマイナスの気持ちで食べれば、食べたリンゴが同じだったとしてもプラスの気持ちで食べるよりは美味しく食べられません。」
「…………」
「たとえ同じな事であっても、己の意識や気持ちによってそれ自体の本質が変わってしまうのです。」
「…………」
「これは魔法やスキルにおいても同じです。ですからそれを汎用することで、スキルや魔法が使えない環境でも使うことが可能になるのです。」
「…………」
「ですからレイン。あなたはチハという……センシャ? を助けたいのでしょう? だったらなりふり構わずスキルを使ってみなさい。そうすれば必ず救出することが──」
「……それはあまりにも身勝手で自己中心的で、相手の気持ちを考えていないんじゃないですか?」
「……ほう?」
ミリア先生は少し驚いたように、すました顔でこちらを見た。
「ミリア先生の言ってること、意識や気持ちによって力の大きさが左右されるということは確かだと思います」
「それはもちろん。千年以上前に見つけましたからね。」
「でもそれは使用される相手側、影響を受ける側の人の気持ちは一切考えていない。心の底から死にたい人を外側の人間が私情で助けてしまったら、その人はどう思いますか? どう思うと思いますか?!」
昔から──それこそ一千年前から今の今まで一度も、こんなに真っ向から目上の人に反抗したことは無かっただろう。だが今の俺は湧き上がる感情とともに言葉を発し続けていた。
しかし俺の心からの叫びに対し、ミリア先生は非情にも簡潔に答えた。
「わかりませんね。そもそも私、死ねないですし。」
「……死ねない……??」
「逆になんで死にたい人は死のうと思うんですか?」
あまりの衝撃的な言葉に俺は疑問をぶつけたが、すぐに話題を変えられる。
「あの……」
「どうです? 答えてみてください。」
「で、でも……」
「ほら答えてくださいよ。あ、もしかしてわからないんですか?」
「…………」
「分からないんですかそうですか」
「…………」
何も反論できない。答えられない。ただ黙って俯くことしかできない。
そうだ、もともと俺はこういう人間じゃないか。何か他の人とは違う力を持っているわけでも無ければ、後先考えずに感情的になって話してしまう。こんな時、隣に助けてくれる人がいれば良いのに。マルナ、チハ、ルーカス、ベレッタ……彼女らがいてくれればこんなにも悔しい涙は流さないだろう。
誰かに助けを求めてしまう自分すら悔しい。何も自分でできずに誰かを頼ってしまいたいと思う自分自身が情けない。けれどそれを否定して助けてもほしい……。
「……うぅ……」
意思なく喉が鳴る。
涙が止まらない。
ずっとマイナスな考えが頭を駆け巡る。
もう諦めたい。もう消えてしまいたい。そもそも俺が生まれること自体が間違いだったのだ。俺がいるから沢山の人に沢山の迷惑を背負わせることになるのだ。
そんな自分なのだから、いっそ死んでしまえばいい。それが皆にとっても良くって、俺にとっても救いになる──
「…………!!??」
突然俺の身体がきつく締め付けられた。だが締め付けられたからといっても不快ではなく、どこか心地よく、気持ちが晴れるような感じであった。
だが、そんな気持ちでさえも俺は許せなかった。今更どうした。今さら楽に立っても何の意味もない。この心地よさは悪なんだと。
しかし、そんな気持ちもすぐに押しつぶされ、だんだんと心が、体が軽くなっていく。
「……あくまで私の推測ですけれど、「死にたい」って思っている人は救いを求めているんだと。」
「────」
「本当は他者に助けてもらいたかったんだと。」
「────」
「たかがハグ一つで気持ちが晴れるわけがありません……けれど。」
そう。今してもらったのはたかが手を空いての背中に回しただけの事。それだけで心が、悩みが、気持ちが晴れるなんてことはあり得ない。あり得ない…………はずなのだ。
だがどうだろう。ついさっきまでの暗い気持ちが嘘のように晴れてしまった。さっきまでのマイナスな考えなどは芽生えず、ただひたすらに心地よく、それを体も心も受け入れていた。
──そうか……俺は誰かに助けてほしかったのか。
ずっとこのままでいたい。ミリア先生の熱を感じていたい。もう一生離れたくない。
「ぅうわぁぁぁぁん…………」
ついには大声で泣き出してしまい、その予想外すぎる反応にミリア先生はとりあえず頭を撫でた。
だがその頭を撫でられるだけでも途轍もなく嬉しくて、幸せで、救われた。
「相手の気持ちがどうだとか関係ありません。人は生きてる以上生きていたい生き物なのです。」
「…………」
「生きていればもちろん悲しい事や辛い事はあります。でもそれが生きるという事であり、楽しい事や幸せなことだってあります。」
「…………」
「たとえ相手がそれを分かっていなくても、分かろうとしていなくても、生きることの素晴らしさを自分で教えてあげれば良いのです。」
「……生きることの……素晴らしさ……?」
「ええそうです。どれだけつまらない事であっても、どれだけ普通の事であっても相手を想う気持ちがあれば、それをする時間は楽しくて素晴らしい時間になるのです。」
「相手を……想う……」
「私はずっとあなたの声が聞きたかったんです。ですからあなたが喋る声一つ一つが私にとって大切であり、聞けることに嬉しさを感じられるのです。」
「っ……」
そうか、ミリア先生も寂しかったのだ。それも千年間ずっと一人で。
俺もぎこちなく腕をミリア先生の背中に回し、髪を撫でた。
「……やっぱり、その優しさは変わりませんね……」
腕を解き体を離すと、右手を俺の頬に添えた。
「チハを助けたいという気持ちに素直になりなさい。その行動はけっして後悔するようなことではありません。たとえ嫌がっても強引にでも助け出しなさい。」
「…………」
鋭いが優しく力強い目を向けられる。
そうだ、俺はチハを──いやチハたんに死んでほしくない。たとえチハたんが諦めて、世界が諦めたとしても、俺は絶対に諦めたくない。それだけチハたんの事が大切で、好きなんだ。
硬い決意が心に宿る。崩れていた心が蘇り、瞳に希望の光が宿った。
もう俺は諦めない。挫けることがあったとしても、どれだけ大きな苦難が待っていようとも、1人で解決出来ないことがあっても、絶対に諦めるようなことはしない。
すると、白く霞んだ世界に複数のヒビが入った。
「……もう、大丈夫なようですね。」
「先生……」
「……そろそろお別れのようです。」
ヒビが拡大していき、この世界の崩壊が始まった。
「最後に一つだけ、その気持ちを、想いを忘れないでくださいね。」
優しく笑みを浮かべるミリア先生の顔はハッキリとは見えなかった。涙が浮かんでいるのだ。
別れるのは寂しい。もしかしたらこれが最後に交わす会話になる可能性さえある。
俺はまたミリア先生に会いたい。ちゃんとした世界でチハたんと、仲間たちと一緒に。
「……ミリア先生っ!! 待っていてください! 絶対……絶対会いに行きますからっ……!!」
「ええ……。いくらでも待ちましょう。でもあんまり待たせないでくださいよ?」
世界に決定的な亀裂が入り、その隙間から強烈な光が射した。
そして目が覚めたと同時に、絶体絶命のチハたんと自身に向けて詠唱をした。
「──テレポート……!」
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