直前に
熱い。とにかく熱い。それに意識も朦朧とハッキリしないし、目を開いてもぼやけてしまう。
息も苦しい、過呼吸になりさらに胸が苦しくなる。
先刻までは熱があるだけで、立ち上がって歩くことが多少なりとも出来ていたが、今は一歩も歩けないのではないかと思うほど体調が悪化している。
どうやら今は担架に乗せられているのだろうか薄い布を背にしている。どうやらチハが俺の異変に気が付いて助けを呼んでくれたのだろうか。
にしてはいろんな方向からエンジン音のような音が聞こえてくるし、なにより人の声やチハの声が聞こえなかった。
もしかしたら耳もおかしくなっているのかもしれないと思い、俺は朦朧とする意識を耳に向ける。
「────の身の安全は約束いたします。しかし貴殿をつれていくことはできません。」
「っ……!! な、ならばこのチハ、どんな辱めでもどんな苦痛であっても、どれだけ理不尽な命令でも従います……!! ですからチハも──」
「ならば死んでください」
男の冷徹な命令により、チハの左右の履帯が砲撃によって切断された。
「ぁ……チハッ!!」
俺は自分の体調のことも忘れて声をあげた。しかし、だからと言っても何もできない。
男はチハに目を向ける。その目はまるで生き物を見る目ではなく、ただ与えられた任務を忠実にこなすという意志だけが込められた冷たい目であった。
「もともと貴殿は我々の計画には邪魔でありますから」
そういっておもむろに右手を挙げた。そして、この挙げられた右手が降ろされた瞬間、チハにシャーマンの砲撃が撃ち込まれるであろう。
いつものチハならばこの程度の砲撃くらい簡単に弾けてしまうのだろうが、今のチハはいつもと違って覇気が無い。
砲身もどこを狙うわけでも無く俯いている。
ダメだ、今のチハは自信を喪失している。このままではなすすべなく殺されてしまうだろう。
チハを守らなくてはならない。
咄嗟に身を起こし、スキルを発動しようとした。
だが突然激しい目まいと頭痛を感じ、スキルが不発になってしまった。
「無駄なことを。今の貴殿にはスキルを発動することはできません。それにこれはこの戦車が決めたことですので静かにしていてください。」
「…………そんなこと──」
チハと目が合い、言葉に詰まる。
チハが今何を考えているのかは分からない。
だがもし本当に死を望んでいるとしたらどうなのか?
俺が助けることが本当に良い事なのか?
俺がチハに面倒をかけたせいで嫌になってしまったのか?
助けたいというこの気持ちは、結局俺のわがままじゃないのか?
いろいろなマイナスな考えが頭を駆け巡り何も出来ずにいると、男が右手を下げた。
それと同時に周囲の戦車の砲が火を噴き、発射された砲弾がチハの車体に向かっていった。
そして砲弾がチハに命中する直前、また視界がホワイトアウトする。
「──て、魔法やスキルを習得するために必要なことを説明します。ま、正直大したことでは無いですが、これをやるとやらないとでは大きな違いが──」
「せんせ、前置きは良いですから早く教えてくださいよ!」
「わ、私も!」
「え、えぇ……こういうの、長い前置きを聞いてから知るのがセオリーだと思うのですが……」
視界が晴れるとそこは机と椅子が三つだけ並べられた、小さな教室のような場所だった。
二対一の形で並べられた机には、それぞれ白髪の少女二人と黒髪の女性が一人いた。
「えーオホン……。簡潔に言うと、自分の気持ちに正直になれ──ということです」
「それはなぜですか?」
「魔法やスキルを行使するには、使用者にそれ相応の覚悟と意思が必要になり、その大きさや強さによって威力や規模が変わります。例えば火属性魔法のフレアでも、意思の込め方によっては上級のディヘル・フレアと同等の威力を引き出すことも可能なのです」
「そ、それと自分の気持ちに正直になるのはどんな関係があるんでしょうか……?」
黒髪の女性は「そうですねぇ……」と言いながら、棚からリンゴを取り出す。
「二人ともリンゴは好きですよね?」
白髪の少女二人は一瞬戸惑ったようにお互い顔を合わせると、「くれるんですか?」「はい、好きですが……」と答える。
「でしたら「今からこのリンゴを食べても良いですよ」と言われたらとても嬉しいですよね?」
「もちろんですよ! リンゴ大好きです!」
「わ、私も!」
目を輝かせてリンゴを凝視する二人に、女性は少し不敵な笑みを浮かべた。
「しかし食べている途中に「そのリンゴはやせ細った土地で家族が必死に想いを込めて育てた、たった一つのリンゴです」と言われたらどうしますか?」
「う…………その方達に感謝の意を込めて一粒残さず食べます!」
「その答えは予想してませんでした……」
「わ、私は……すごく、食べずらいです……」
まるでリンゴを持っているかのように、おわん型にした両手を震わせながら言った。
「まあそれが常識的な反応ですよね」
「せんせ、それって私が常識無いみたいじゃ──」
女性がステッキをふるうと、「感謝するが食べる」と答えた右側の少女の口が塞がれた。
何の変哲もない、ごくごく平凡で平和な日常の風景だ。
何も知らない人が見れば和やかな気持ちになるだろう。
だが俺は和やかな気持ちになるのではなく、一種の憐れみにもにた感情を抱いていた。
この数年後、俺達二人共々死ぬのだ。
それも大勢の道ずれを連れて……。
「…………えいっ」
「いてっ……!?」
とその時、突然何者かが俺の頭に拳骨をあびせた。
「まったく……何も成長してないじゃないですか」
後ろから声をかけた、かつこの拳骨をあびせた張本人の姿を視認すべく振り返る。
「…………ぇ?」
そこにいたのは、頭には大きな帽子をかぶり、白と黒の中間色のような髪色をした小柄な女性が立っていた。
その姿身長雰囲気は。今視界の端に薄く存在している黒髪の女性と似通っていて、まるで同一人物であるような気もしなくもない。
だがそれはあり得ない。
今俺が見ているのは過去の事をフラッシュバックで思い出しているだけで、そこにいる俺は干渉できないし干渉されないはずだ。
だが、次に出された声に俺は耳を疑った。
「お久しぶりですねレイン。千年ぶりくらいでしょうか?」
口角を緩めて微笑みかける女性、始祖の魔女ミリア・エンチャントが俺の目をじっと見ていた。
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