敗走

「……レイン様、大丈夫ですか……?」

「……うん……」

「そうですか……」


 一週間前リリーナスはシラジフ、ネイリサ、ギジーラスの連合国から提示された停戦要求に合意した。そして同時にクラメディアも停戦要求に合意、戦争は両軍損害が出る前に集結した。


 今回の停戦により三つの事が取り決められた。一つは連合国とリリーナス・クラメディア同盟はお互いに戦争は勿論、経済も何もかもが不干渉という事。そして二つ、俺がリリーナスを去ること。最後に三つ、リリーナスの王を魔人ではなく人間とすること。この三つだ。


 この停戦条件はリリーナスは到底受け入れることのできないことであった。多種属平等主義を唱える国であるから魔人ではなく人間でも国の中枢にいても良いし、実際俺は人間であった。だが俺の周囲は魔人ばかりであり、かつ崇拝するような政治体制であったため、いきなり王が変わり、かつ身内の魔人ではなく関係の薄い人間となれば話は別。反乱やクーデターが起こりかねない。


 おそらく連合国側も受け入れないだろうと読んでこの条件を提示したのだろうが、俺が受け入れたことにより条約を締結、よって犠牲を出すことなく戦争を終結することができた。


 もちろん反発もあった。だが俺はあの夜見た過去、気持ちを皆に共有、かつ皆に専用のスキルを与えたり、できるだけ沢山の人と喋ったり、一夜ともにしたり……とにかくやり残したことがなくなるよう、最後の数日を過ごし、一昨日俺とチハはリリーナス領地を出た。


 しかしリリーナスを出たと言って何か目的があるわけでも無く、ただ野原を進むだけ。それに昨日から俺は原因不明の体調不良と精神不安定で寝たきりの状態だ。


「大丈夫です。チハが……チハはずっと傍にいますから……!」

「……ぅん……」


 俺は弱々しく、かすれた声で答える。チハも頑張って励まそうとしてくれているのだろうが、覇気がない。


 もう終わったんだ。お先真っ暗。夢がなければ希望の光もなく、それらを想起させるきっかけも起こらない。


 だがどうやら終焉のきっかけが訪れたようだ。


『ガラガラガラガラガラ……!!!!』


 周囲から何十両もの戦車が迫ってくる音がする。音的にアメリカのM4シャーマンだろうか。サイパン戦などでチハが足元にも及ばなかった戦車なため、チハお得意の大和魂の効果が薄くなってしまうかもしれないな。いわゆる天敵ってやつか。


 危機的な状況であるが、なぜか俺は恐ろしく冷静だった。とくに絶望を感じない……いや既に絶望に立っているからか。死に恐怖を感じなければ、心のどこかで救いを求めているのだろうか……。


──────────


「なっ……シャーマン……!? それもこんなに……!?」


 さっきまでは何もいなかった場所から突如数百両の戦車があらわれる。


 現実世界のチハならば戦車によっては一両でも簡単に負けてしまうが、異世界で超絶強くなった今のチハであればたとえ現代戦車十両に囲まれても難なく撃破できる強さを誇っている。だがその強さの要因は【大和魂】であり、自信を喪失してしまえば普通の九七式中戦車と同じになってしまう。


 そのため今周囲に現れた戦車、M4シャーマンは史実のサイパン戦において、不利な状況といえど惨敗を期した。


 遠距離弾を弾かれ、近距離であっても弾かれる。けれどシャーマンの砲弾はいとも簡単にチハの装甲を貫通される。そのようなマイナスなイメージを浮かべることによって貫通できるはずの攻撃も貫通せず、弾くことのできるはずの砲撃も弾けない。


 チハもそのことは重々理解しており、勝ち目がないのも分かっていた。だがチハにとって諦める、つまり降伏することは許されない行為であるため、せめて一矢報いようと正面のシャーマン戦車を標準した。


「全部隊、その場に停止! 九七クナ戦車、我々は貴殿らを殺そうとしているわけではない。即刻、砲身を逸らしていただきたい。」


 戦車の中から一両、赤星マークを付けたシャーマン戦車が前に出てきた。見た目からしてこの戦車隊を指揮しているらしく、砲塔のハッチから現代風な迷彩柄の服を着た男がいる。


「攻撃する意思が無いのならせめて両手を挙げたらどうですか。それになぜ包囲する必要があったのですか!」


 方針を男に向けると潔く両手を挙げ、冷徹な目でチハを見据える。


「そちらこそ、抵抗したとしてシャマン戦車百両に勝てるとでも?」

「な……!? 百両……!!??」


 著しくチハから発せられる覇気が弱まったことを確認した男は、挙げていた両手を下げた。


「そういう事なので、砲をこちらに向けず降伏していただきたい」

「こ、降伏などは──」

「降伏しなければ、無論中の搭乗員もろとも殺しますよ」

「……ッ!」


 チハは突撃をかけようとしていたエンジンを止める。


 もしチハがこの場に一人でいたら、勝てる勝てない関係なく突撃をしていただろう。だが、今チハの車内には愛するレインがいる。それも体調が優れず意識が朦朧としていて、さらに精神的にも優れていない。


 つまり今この状況ではレインの手助けは無く、敵の狙いもレインでありチハが囮になることもできないため、どこか安全な場所に避難させたり逃げることが出来ない。つまりチハが死んだとき、同時にレインも死ぬ。


 チハはレインの護衛として同行が許可された。だから絶対にレインを守らなければならない。


「……ちは……」

「れ、レイン様!?」


 話を聞いていたレインが力なく言った。


「こうふく……しよう……」

「!? いっ、いまなんて……?!」

「負けるなら……降伏が、いい……」

「ど、どうしてですかっ……!? 捕虜は死ぬより大きな屈辱的なことで不名誉! ましてや米国人に捕虜にされるなんて──」

「言い忘れていましたが、我々は日本二ホン人です。お二方の世界とは別の世界線ですがね。」


 車内に意識を向けていたチハは近づいてきた男に気が付かなかった。同時にその男の口から出た内容にも驚愕する。


 日本出身。つまりこの男もレインと同じ転生者ということになり、転生特典としてシャーマン戦車を百両手に入れたのならば辻褄が合う。しかしそうならば一体どうやってこんなにも多くの戦車の管理をしているのだろうか。


 内容はどうにしろ相手が日本人と聞いて、レインは胸をなでおろす。


「日本人だって……だから、大丈夫……だよ」

「………………はい……」


 一応同意したものの、チハはどうも嫌な予感がした。いや、違和感と言うべきかもしれない。とにかくこの男の雰囲気がチハの知っている日本人と違ったのだ。


 肌の色はいわゆる黄色にちかい肌色、髪色は黒く身長もさほど高くない。これと言って普通な日本人のような姿だ。だがその男からにじみ出るオーラは驚くほどに赤黒く、一瞬ほんとうに人間なのかを疑うほど異様であった。


 この男には何かある──。根拠のない確信を抱きつつも、レインの説得もありチハは方針を背けた。


「ありがとうございます。それでは九七クナ殿、車内にいる人を出してください。」

「は、はあ!? 絶対に出しませんし渡しませんよ!?」

「言いたいことは分かりますが、そのままでは死んでしまわれますよ? 意識もないですし早く適切な処置を行わないと。」

「え……?! れ、レイン様……!!?」


 いつのまにかレインの意識は無かった。熱もひどくなり、呼吸は荒々しく苦しそうで、体中から汗を流している。


「……っ!! 貴様っ……!!」


 突然の体調の急変。チハは無表情を突き通す男に砲塔を向ける。


 直感でこの男が犯人だと決めつけたがどうやら本当らしく、気が付けば敵の全砲門がチハに向いていた。


「くっ……」

「ご察しの通り。さあ、あなたの命と搭乗員の命、どちらが大切かよく考えてくださるとうれしいです。」

「…………」


 完璧にハメられた。


 今や敵に全主導権を奪われており、抵抗しようにも少し動いただけで全方位からの砲撃により殺されてしまう。それに、たとえ男の言うとおりにしてもチハは殺されてしまうであろう。なぜなら生かしておく必要がない。敵にとっても不安要素を残しておくとは思えない。


 だが、そうすればレインだけは生き残る。敵の目的はレインだから、殺すことまではしないだろう。それに生きていれば希望がある。少しでも隙があれば、レインの力で切り抜けることは容易であろう。


 たとえここでチハが死んでも、またいつかレインが九七式中戦車に命を吹き込んでくれるはずだ。その時に今のチハの記憶が無くても、別のチハであったとしても、チハはチハとしてレインを助けることが出来る。


 チハは長考の末、こう答えた。


「────チハはどうなっても良いです。なのでレイン様だけはどうか助けてください」


 それはチハにとって初めての降伏であり、耐えがたいものであった。

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