戦争なんて
「……もう、諦めませんか?」
右手に豪華な装飾が施された剣を持ち、金色の鎧を身に着けた女騎士が血だらけのゼルにそう問いかける。
「頼みます。どうか降伏を受け入れてください。」
「ふ……だれが……降伏なんぞ……」
ゼルはふらつく足取りで女騎士に斬りかかるが全てステップで躱されてしまう。
「グブッ……」
ゼルは大量の血を口から出し、その場に剣を支えにして膝を置く。それを見た女騎士が剣を収めて治療魔法をかけようとしたが、ゼルは右手でその手を振り払う。
「本当に……本当に死んでしまいますよ!? なぜそこまでして国に忠誠を示す必要があるのですか……!?」
女騎士は俯きながら嘆いた。
状況から見るにゼルの部隊がザ―ベストの戦神カルシャナに攻撃されているようだ。それにかなり追い詰められているらしい。こうしている間にもゼルが何度目かの吐血をする。
あぁ……助けたい、傷を癒したい、俺が代わって戦いたい…………でも、不可能だ。これは走馬灯であり、今俺ができるのはただ見ていることしかできない……。
そんなもどかしさだけが頭を回る。
「あんたは……勘違い……してるようだな……俺は……国、のため……戦ってるわけじゃない……」
「……それではなぜ、なぜそこまでして戦わねばならぬというのですか……!! この圧倒的な兵力差の前に、この部隊を率いる身として部下の命を守ろうとは思わないのですか!?」
カルシャナは必死に説得しようとするが、ゼルの決意は揺るがない。
「……確かに……俺の部下には……悪い事したと……思ってる……」
「ならばなぜ……!?」
「俺は……俺達は、リアス様とレイン様の為……平和な世を創る、大義の為……これからの未来の為に戦ってる……! そのためなら……お二人が平和に暮らせれるのなら……俺達は死んでもお助けする……。だから……あんたは勘違い、してんだ……」
「グブッ」と再び吐血してしまう。その姿を痛々しく思ったのか、カルシャナは目を横に背ける。
「ッ…………ならばっ……ならば自分は死んで、残された人の気持ちなどはどうでも良いのですか!? あなたが死ねば……あなたの部隊の人々が死んでしまったら残された家族は、友人は……崇拝する主君がどれほど悲しむか、あなたにその自覚はあるのですか……!?」
「……ふ…………人々……か……」
ゼルは口元を綻ばせて小さく笑った。
「……俺達を……人呼ばわりするのか……あんた……」
「……? なにか、間違ったことを言いましたでしょうか……?」
するとゼルは剣を支えに立ち上がった。しかし傷口からさらに大量の血液が飛び出し、体勢もふら付いている。
「……さぁ……どこからでも、かかって来いよ……」
「い、いったい何を……」
「……名誉ある……死さ……」
ゆっくりと顔を持ち上げ、ゼルはカルシャナを鋭く睨みつける。
「……さぁ……早く斬れよ……その剣……を……ぬ、けよ……」
「こ、これ以上動くのは本当に危険です!? それに瀕死の人に剣を向けるなど……」
「……おれは……あんたに、は……殺されてもいい……ぃや……あんたに……土留めを……さしてほしい……」
「……しかし」
「最後の……遺言だ……どうか……王都の皆、は……ころさないで……ほしい……。……たのむ……」
血の気が引いた顔でどうにか作った笑顔を向けられたカルシャナは、俯いて沈黙してしまう。
その間にも「ゴホッゴホッ……」と苦しそうに血を吐き、ゼルの命もそう長くないことが伺える。
助けたい。傷を治療したい。たとえ不可能だとしても、その不可能を可能にできるのが俺のスキルじゃないか。たとえ過去のことであっても書き変えることが可能なはずだ。たとえ俺の行動が今の未来を大きく変えることになったとしても、目の前で死にそうなゼルをただ見殺しにすることはできない。
「──傷を癒せ。リ・ヒール!!」
過去に干渉できるスキル、【過去干渉】を取得。すぐさまゼルに向けて使った。だが、ゼルの傷を癒すはずだったヒール弾は虚しくゼルの体をすり抜ける。
「……っ!? もう一度……!!」
しかし行動を起こそうとしたが遅く、カルシャナは何かに決心したのか唇を噛む。
「──ッ……わかりました。一般の人々に攻撃は加えません……」
「……あぁ…………ありがと……うな…………」
ゼルは必至の力で立ち上がった。
「…………なあ……あんたの……剣……なんて名前……」
「っ…………この剣はシャングリラ……。……意味は…………理想郷、です……」
「……いいな……。……さぁ……斬れ……」
カルシャナは震える手で剣の柄を握り、切っ先を天に掲げる。
今度こそ助けなければ。だが体が言うことを聞かない。足が動かない。目をつむってしまいたい。この場から、悲劇から、悲しみから逃げたい。
「──神よ、彼に
「──────」
カルシャナの剣、シャングリラの刀身が白い光彩に包まれた。
「──
振り下ろされた剣はゼルの首を斬り裂いた。
すると突然、視界の端から徐々にホワイトアウトしていく。意識も視界がホワイトアウトしていくにつれて遠のいていく。それに俺の気持ちも相まってスピードも増していく。
そうだ。俺はもう過去を見たくないんだ、しりたくないんだ。
悲しいことから逃げて何がいけない。
今更何やっても過去は変えられない、悲劇は防げない。
どれだけ嫌でもその過去は己を締め付ける。
だからといってその過去から逃げるのは許されることではない。
「…………けど、辛いんだ。…………もう……嫌なんだ……。…………だからもう……にげ──」
「──戦争は……もう、いや……」
「…………」
そうだ、戦争が悪いんだ争いが悪いんだ。たとえ俺がどんな目にあってもいい。命でもなんでも捧げてやる。他の皆が幸せならば。生きれるのならば────。
翌日
「俺は停戦要求を受け入れる。だからみんな、──お別れだ」
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