新たな戦
1年後。リリーナスは新たな戦火に脅かされていた。
「──一旦状況を整えよう。」
一時的に会議堂に集まり、現在の情勢を把握する。
「とりあえずまず敵の兵力がどれくらいか教えてくれ、バラムス。」
「了解したぜ。今んとこ偵察で確認できてんのはシラジフ、ネイリサ、ギジーラスの連合国軍が1万いるぜ。これはまあ、ルーカスの兄ちゃんやリュンテの姉ちゃんが片付けてくれるだろう。」
「だが」と一呼吸置いてバランスは深刻そうな顔をうかべる。
「問題は各国の精鋭兵団だな……。分かってるだけで2000人はいるぜ。それに厄介なことに将軍サマも居やがった……」
「精鋭兵団……? それってあれか、特殊訓練をうけた兵士で普通の兵士よりも無茶苦茶手ごわいって奴らの集団か?」
「そのとおりだぜレインさま。それにな、それを率いてる将軍の奴らも厄介なんだよ……」
「……ユニークスキル持ちか」
考えたくもない予想だったが、悲しいかなバラムスは険しい顔で首を縦に振る。
「あいつら噂じゃルーカスの兄ちゃんと同レベルかそれ以上に強いらしくってよ、それにスキルの組み合わせだ……」
「…………わかった。とりあえず戦力差はわかったよ。偵察ありがとうな。でも無理はしないでくれよ」
バラムスは腕を組んで机の一点を眺め続けている。どうやらほんとに重大な問題らしい。
現在、シラジフ、ネイリサ、ギジーラスの三国同盟に俺達リリーナスとクラメディアが戦争状態になり、俺を含めて国内全体が混乱に陥っていた。一応その混乱は抑えたものの、敵の行軍は止まらない。
リリーナスの戦力は国軍千人に親衛隊が二個大隊ほどしかおらず、これは三国同盟内でも比較的戦力が少ないネイリサの4文の1程度しかない。
一応有利な点としてはこちらが防衛に回っているため、一年間の間に建造した分厚く高い壁や防衛設備によるアドバンテージがある。だが包囲されてしまったら太刀打ちができないため、今は全戦力を使って各個撃破しようと作戦を練っている最中だ。
「とりあえずその将軍や精鋭兵団の事は置いておいて、敵軍の居場所は分かったか?」
「ほいほい~」と俺よりもちょっとだけ身長が高い、どこぞの情報屋ギルドの情報屋エルが小さい手をあげ、大きさの割に大量に物が入るポーチから一枚の大きな紙を取り出す。
俺は席を立ちあがって紙面、いや周辺地図を見る。
「4時間前の情報だよ~。はいまずここ。街の北のとこくらいに精鋭とかは知らないけど3000人くらいいた!」
地図の中心に位置するリリーナスから見て北に、敵をしめす赤い駒を置く。続けてそこから北東と北西に行ったところに赤い駒を置いた。
「それよりちょっと東に行ったところと、逆の西に行ったところにそれぞれ3000人ずついた!」
「そして最後に!」そう言うと、ポーチの中から他の駒よりも一回り大きく、冠を被った駒を取り出し、一番近い敵部隊のさらに北に置いた。
「はいここ! このひときわ大きくて目立つこの場所に3000人! 加えておっきい陣地作ってたからここが敵の本陣だよ!!」
ドヤッ! とドヤる。
しかし、敵の配置を見てみるとやや分散されているようだ。これならば一つずつ全力で潰していけば勝てる可能性も無くはない。
「問題はバラムスの言っていた精鋭兵団とそれを指揮する将軍の存在だな……」
「いるとしたら多分本陣のとこ! だって派手だったし、他のとこより覇気があったからね!」
「……それ信憑性あるの? だいぶ主観入ってたけど……」
「A級情報屋のわたしの直感が言ってるんだから信憑性大有りだよ!」
「ま、まあ参考にはするよ。」
さて……と、また俺は地図を見る。
「仮にエルの情報が正しいとして、攻撃するとしたらこの一番近いこれだな」
「しかしレイン様、それでは殲滅した後に東と西の部隊に包囲されてしまいませんか?」
「そうよ! なんで馬鹿正直に正面から突撃するのよ! 突撃したところでどうにもならないわよ!」
「そんなことないですよ!? 突撃は正義!! 突撃こそ最強!!」
「あれぇぇ~? そんなこと言って私と戦った時負けたじゃない!」
「あの……そろそろ話を戻──」
「は? やりますか? おもて出てください、勝負です!!」
「よしチハたんとリュンテ、一回黙ろうか。」
今にも乱闘を始めそうな二人をなだめる。
「確かに東と西の部隊に包囲される可能性も無くはない。でもだからといって東か西の部隊を攻撃したらもう片方が中央の部隊に合流するだろうし、中央の部隊を倒してしまえば敵を分断できる──」
「会議中失礼しますっ!! 敵軍の使者をとらえたため、その報告に参りました!!」
親衛隊第二小隊のマイラがよほど急いできたのか、息を荒らげて会議室のドアを開ける。
「その使者が何の用で来たかわかるか?」
「は、はい……」
するとマイラは目を下に下げ「誠に申し上げにくいのですが……」と前置き、次の言葉に皆が固まった。
「
──────────
今日の会議は終わり、結局俺が明日に最終決定するということになった。
そして夜、俺は自室で一人頭を抱えていた。敵から出された降伏勧告の内容として、賠償金や植民地化と言ったような条件は幸いにもない。たった一つの条件を飲むだけでこの戦争を終えることができる。だがそのたった一つの条件、それが──
「
俺一人で事態が収まるならそれでも良いとは思う。だがそうなれば悲しむ人も出てくる。俺は一年間を通して、この国の人と沢山の関わり合いをし信頼や友情を築いた。それに俺はこの国を作った責任があるし、同盟国のクラメディアのこともありなかなか決断が下せない。
徹底抗戦し、わずかな勝利を目指すか。
それとも降伏するか。
「…………どうすればいいかな……
今回も例外ではなく、押し寄せる感情に目をつむる。すると視界はブラックアウトではなくホワイトアウトした。
まず聞こえたのは『キンキンッ』という剣で切り合うような音、そして──悲鳴。
気がつくと俺は業火に包まれ、多くの人が入り乱れて戦い死に絶える、街という名の
「私が……ぜんぶ……」
業火の中、白髪の少女が膝から崩れ落ちる。その目からは光彩が失われ、頬に雫が伝った。
再びホワイトアウトする。今度は先程とは違い斬り合う音も、悲鳴も、熱もなく、ただ重い沈黙が流れた戦陣であった。
白い布の壁に覆われたこの広場の中心に並べられた赤い二つのひび割れた結晶の前に、純白の鎧とマントに身を包んだ3人が立ち竦んでいた。
「……これが……あの2人……?」
「…………はい」
3人の中でも一際身長が低い人が呆然とその結晶を眺める。その水色の目は驚いているのか、それとも混乱しているのか見開かれており、その問いに答えた赤髪短髪の男性も顔を俯かせる。
「……感じられる魔力の性格からして、間違いありません……」
もう一人の、術者だろうかステッキを持った紫髪の女性が結晶に触れてそう断言し、少女はいっそう目を見開き、絶望と悲しみに目元を熱くする。
少女は、白い髪に水色の瞳、歳がまだ幼いのか丸みのある顔輪郭。透き通るような白い肌を持った少女。その姿は俺によく似ていて──いや、この少女は
──これは、過去の自分なのか……!?
なんとも奇妙な感覚に陥る。俺と同じ人間が二人、つまりドッペルゲンガーのような状態であるわけだ。しかし、よくよく見ているとどこか俺とは雰囲気が違うようで……なんというか、魂が綺麗な気がする。これも若さなのだろうか……?
もし本当に
「リーチェ……ルーチェ……!!」
──……っ!?
レインは膝から崩れ落ち、リーチェルーチェと言いながら二つのひび割れた結晶を抱きしめて涙を流す。いや結晶ではなく、結晶にされたリーチェとルーチェなのだろう。
一年前、ルーチェとリーチェはマルナを誘拐し敵として俺たちの前に現れ、同時に攻撃をしなければダメージが入らないため苦戦を強いられ、最終的な倒し方として二人同時に攻撃することで、倒すことができた。
あの結晶がリーチェとルーチェだとして、何者かが、彼女たちを魔結晶へ形状変化。それを破壊することによりとどめを刺したのだろう。
しかし誰が? なぜ? この疑問に答えるかのように術者がポツリポツリと出来事を語り始める。
「二人の部隊はは敵の戦神カルシヤナの軍に強襲され、最後の最後まで戦い抜かれました……」
「最後の……最後まで……。じゃあなんでフェルカは生きてるの!? 同じ部隊で、ずっと二人と一緒で……どうしてフェルカだけ──」
「……ッ!!」
フェルカというらしい女性は、罵声を浴びせるレインを力強く抱擁した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!
そう言いながら涙を流す。それをうけレインは言葉を発するのを止め、いっそう涙を浮かべて「うわぁぁぁん……!」と泣きわめく。
「ひどいこと、言ってごめんなさい……! 自分勝手言ってごめんなさい……! 守られるだけで何もしてないのにごめんなさい……」
「レインさま……」
お互い涙が止まらず、とくにレインの方がひどい。まあ歳が浅いのでしょうがないだろうが。
ふと気づくと、俺の頬にも涙が流れていた。あわてて涙を袖で拭う。
「くそ……なんで……」
どれだけ拭っても拭っても涙は止まらない。自分の意志とは反対に涙が流れる。喉がなる。鼻水が出る。冷静な判断が取れなくなる。
俺はあの時なんであんなことを言ってしまったのだろう。俺はなんでいつも守られるだけで何も守れない存在なのだろう……。
もしあの時あんなことを言っていなかったらフェルカは死なずにすんだのではないか? 俺がいたせいで彼女らの運命がバットエンドになったのか?
いや、実際なったのだ。この後も次々に仲間が、家族が死んでいってしまう。守りたいと想った者、守ってくれていた者、俺を信じてくれた者、全てがいとも簡単に失われたのだ。
「…………フェルカ、レイン様。こいつら二人の仇は俺が絶対取ってきます。幸い、俺負け戦は今まで一度もないんで今回も勝ってきますよ。」
「ゼル……」
「ぜ、ゼルっ……わたしも戦う! 剣だってこの前試合したとき引き分けだったでしょ? だから足で纏いにならないし、わたしも一緒に──」
ゼルという赤髪の騎士は首を横に振り、自信があるのか、また何かを悟っているのか清々しい笑顔でレインに告げた。
「なりませんよレイン様。レイン様が直々に出陣なされたら俺達の獲物が無くなっちまいますよ」
「な、なら後方支援でも荷物運びでも……とにかくわたしも連れて……」
突然言葉がつまり、レインは下を俯く。
それを見てゼルは膝をつき、目線を同じ高さに合わせる。
「……また……またわたし、自分勝手なこと言って……」
「いいえ自分勝手などではありませんよレイン様! 俺だって自分勝手だ。ただ、俺は姉君様の近くにいて欲しいだけなんですよ!」
「ねぇさまの、近くで……?」
「ええそうです。レイン様がリアス様を御守りしていれば、俺達も後ろのことを気にせず戦える。なんていったってレイン様はエイリスタ最強ですから。それに、リアス様もレイン様と一緒に居たいと思って居られるはずですよ!」
「────」
「ですからどうか、リアス様を御守りして頂けますか?」
「────」
静かにレインは頷き、ゼルは立ち上がりフェルカに顔を向け、レインに聞こえない声量で言う。
「……レイン様を頼む。」
「……ゼルもどうか無理なさらず……。」
「──テレポート」
ゼルがそう唱えると、レインとフェルカの周囲が緑色の線状の光に包まれ、消える。
一人戦陣に残ったゼルはその場で天を仰いだ。
「──じゃあな……みんな。」
また視界がホワイトアウトし、目をつむる。
「もう……いやだ……これいじょう見たく、ない……」
そう嘆いたものの、心の内では理解していた。
これは過去の情景だ。エイリスタ対ザーベストの戦争の真っ只中の情景を思い出しているのだ。俺はエイリスタの関係者であり、沢山の悲劇を起こした張本人であり、リリーナスの運命の決定権を持っている者である。だからこの過去の体験から現在へ生かさなくてはいけない。
だが正直俺は見るに耐えれなかった。辛かった。悲しかった。
最初の情景はザーベストに攻め込まれたエイリスタの街。兵が入り乱れ乱闘になり、火が入れられ建物が焼け落ち、関係の無い市民たちが、死ぬべきではなかった命が、何もかもが失われていく。
そしてさっきの情景はリーチェとルーチェが死に、レインが……いや俺がフェルカに酷いことを言ってしまい、ゼルとも離れ離れになってしまった。
次は何の情景が見えるのか、どんな過去を、悲劇が見えるのか……想像したくもない、目を背けたい。だがそんな想いとは裏腹に、俺の瞼は開いてしまう。
場所は先ほどと変わらず、白い布に囲まれた陣の中であった。しかし布は土埃や血で汚れ、そこら中で「キンキンッ!」と剣が斬りあう音が聞こえてくる。
そして陣の中心には血だらけのゼルと、シミ一つついていない金色の装備を身に着けた女騎士が立っていた。
「はぁ……はぁ……っく……」
「……もう、諦めませんか?」
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