明日

 意識を失うその直前俺は走馬灯を見た。


 視界は全体的に白く霞み、見える物すべてがぼんやりと霞んでしまっている。だがその中でヒシヒシと感じられるのは右手に収まった剣の柄の部分。そして魔法陣を描くようにきらきらとした何か──いやバラバラになった剣の破片だけがはっきりと感じられる。


 持っている剣はなぜか見なくてもわかるほど愛用し、毎日のように見続けてきていたのかと疑うほどにはっきりと形が思い浮かぶ。そしてなぜか、その剣の形はルシアさんの目の前で生成した剣によく似ていて──。


「──っ!?」


 気が付くと大きく後ろにのけ反ったリーチェの姿があった。


「レイン様!! 諦めてはダメです!! 降伏は、たとえ世界が許してもこのチハが許しません!!」


 チハが散乱する石を乗り越えながら俺の方に向かってきていた。状況からしてどうやらチハたんがリーチェを撃ち、意識を奪われそうになった俺を助けてくれたのだろう。


「す、すまん……!」

「……ねえ。そろそろ諦めない? わかったでしょ。私たちを倒すのは無理だって」


 リーチェはチハたんの砲撃をまともに受けつつも傷一つなく平然と立ち上がり、不満そうに言う。


「そろそろ悪あがきも見飽きてきたのよねえ~。そこの戦車も邪魔だし先にしちゃおっか」


 そう言うとリーチェは左手を天井に掲げ、魔法陣が広がりそこから無数の剣が生成される。その剣の大きさは僅か10センチ程度しかなく、量も前よりも何十倍も多い。


「こ、これくらい防げますよ!」


 流石のチハたんも言葉に詰まり、少し自信が無いのがうかがえる。


「あははっ♪ せいぜい頑張って受けて頂戴ねぇ~! ま、防ごうにも防ぎようが──」

「──格子千華こうしせんか!!」


 唱えるとともに、右手の剣が切っ先からバラバラと飛散し始め、剣が柄だけになるころには空中に巨大な魔法陣が出来ていた。


「そ、その技は!!!???」


 何か心当たりがあるのかリーチェは声をあげ、左手がすこしぶれてしまいスキルが不発に終わる。


 ちょうどその時、俺の意識の中に「攻撃してくださいっ!!!」とシャーリスの声が響く。おそらくシャーリス達ももう一人に攻撃をするからタイミングを合わせようという事だろう。


 次の瞬間俺は地を蹴り、リーチェに接近する。だがまだ剣が元に戻っていないため、思いっきりみぞおちを殴り、羽のように軽いリーチェを空中に殴り上げる。


「いまだ、チハ!!」


 俺は目をチハに向けてそう叫ぶ。


「幾多の試練を与えし者よ。その骨を今ここでうずめるがいい!! 業火爆裂焔ごうかばくれつえん!!!!」


 前よりも詠唱を短くしてはいたものの、空中に残った剣の魔法陣の中心がチハの砲身とリーチェの直線に重なり、その魔法陣を通った砲撃はさらに威力を増し、加速する。


 灼熱を纏った砲弾は見事リーチェに命中。ひび割れるように体に亀裂が入り、そこから小さな火が噴き出す。


 リーチェが地上に落ち、恐る恐る近づいてみると、既に瞳には光が消えて焦点も合っておらず、ただ虚空を見つめるだけ。腕や足もピクリとも動いておらず致命傷を与えることがてきた。


「………………あぁ…………わ、たし…………なんのため……に──────」

「…………安らかに」


 涙を浮かべ何も喋らなくなってしまったリーチェに、俺は手を合わせる。例え敵であっても一人の命には変わりないし、俺は直接的ではなくても命を奪ってしまった。その事実をただ手を合わせるだけで報われることも許されないことであるのは分かっている。ただそうしなければ自分が自分を許せない、いわばただの自己満足である。


「あ……」


 リーチェの遺体がバラバラと空気中に溶け出すように消えていく。そして遺体全てが散った瞬間、そこにはまるで元々何もなかったかのように、岩の地面が並んでいる。


「……帰ろう」

「……レイン様?」

「大丈夫、これは俺の問題だからな」


 剣を元の姿に戻し鞘に納め、俺は大きな岩の陰に隠れていたマルナを見つけ、少し笑って「終わったよ」と声をかけ、洞窟の出口へと歩みを進めた。


 なぜだろう、戦いに勝ったはずなのに、俺達には誰も死傷者がいないのに、誰も味方や大事な人を失わず今回の事件を解決できたはずなのに、俺は素直に喜べない。


 心の奥底が──いや、もともと勝利の喜びという感情を感じていないのだ。


 俺は今日初めて人を殺したのだ。この手で。この剣で。このスキルで。


 この自分勝手な理由だけで殺したのだ。殺さなければ殺されるからなどはただの正当化に過ぎないし、国を守るため、村の人を守るため、マルナを守るため──何もかもが自分を正しくしようとする正当化、いや言い訳だ。偽善だ。


 もしも殺さずに対話ができたなら? もし姉妹の言うとおりにしていたら? もし俺がリリーナスや各村の警備を万全にしていたら? もし俺がスキルを使って姉妹を無力化できていたら?

もし──。


 「もしこうだったら?」「もしこうしていれば?」と、今更考えても無意味な事ばかりが頭を駆け巡る。こう考えることさえも正当化であり、偽善であり自分勝手な行動だとさえも思う。思ってしまう。


「──レイン様。心中お察しします。」

「──……シャーリス、か」


 葛藤する頭の中に、シャーリスが直接語り掛けてきた。前までは意識に語りかけることまでは出来なかったはずだが、どうやらスキルがバージョンアップしたらしい。


「──恐らくこれからも誰かを守るため、他の命を命を奪うことは多々あると思いますし、この世界は醜いほどにも殺伐としていて、身近の人の命も斬り捨てないと行けない時もあるかもしれない。」


 これからも今回みたいなことが、それも身近な人をも斬り捨てないといけない事が、苦難があるかもしれないというのか……。もしそのような壁が立ち塞がった時、俺はそんなことができるのだろうか? いや、そんなことをしてまで生き長らえるのならば死んだ方がマシなのではないか。


「──確定されない遠い未来を予想して、対策や考えるのはとてもよいことだとおもいます。しかし今くらいは近い明日の事を考えませんか? 1つの壁を、苦難を乗り越えられたのですからそう何度も不幸は訪れないはずです。だからこそ明日という近い未来を、明るい未来を想いましょうよ。」

「──…………いいのか、俺なんかが……?」

「──ええぇ、もちろんです。ですから……前を向きましょうよ」


 突然光が目を刺す。


 目を開くとそこは洞窟の外だった。もともとあった木々らはそこらじゅうでなぎ倒されていて、もう一人との戦闘との激しさが分かる。


 しかし視界の中央にいる4人は健在だ。ルーカスは「流石です」とこちらに微笑み、隣のエリンナはまだ意思なき瞳をしている。リュンテは「ふふん」と胸を張っていて、シャーリスは「お疲れさまです」と笑みを浮かべている。


 その当たり前で当たり前でなかった当たり前の光景、日常の光景に俺はなんともいえない気持ちになった。でも、その当たり前の情景が、明日の日常を想起させる。当たり前を喜べる、当たり前を楽しめる明日を目指して歩める勇気をもらえる。


 ──……当たり前って、とても幸せな事なんだな……。


 俺は込み上げる感情を胸の奥にしまい、俺は口を緩めて笑った。


「…………さあ、帰ろう!! 家に。リリーナスに!!」


 「はい!」や「褒めてよ!」などの反応を耳にしながら、「チハたん」と隣にいるチハたんに通常サイズに戻ってもらい、俺は車体に登る。


 ジメジメして暗闇に包まれていた洞窟と違い、眼前に広がる青々とした木々と、明日の訪れを知らせる夕日でオレンジ色に染まった空が広がっている。


 なんの変哲のないただただ普通の光景だ。だが、今はそんな普通の光景が輝いて見える。普通の光景だからこそ素晴らしい。普通に明るい朝を起きて、普通に朝ご飯を食べて、普通に平和な街を眺めえて、普通に皆と楽しい時間を過ごして、普通に帰宅して、普通に明日に希望をもって眠りにつける。


 ──……いいのかな。そんな夢物語を目指してみても……。お姉ちゃんリアス……。


 俺は無意識のうちに知らない姉に質問していた。


 姉が、リアスがどんな姿だったのか、髪色が髪型がどんななのか、背丈は、服は、声は──それら一切何も記憶に無い。だけれど、きっと笑って肯定してくれるのだと確信できる。自信をもってそう言える。


 全く自分勝手で身勝手な解決方法だ。けれど転生してから今日の今まで、国家のずっと先の将来についてばかりを考えて、その責任や自分の判断の重みばかりを考えてばかりで、明日のことなんか考えていられなかった。でも今なら、ひと段落した今なら明日の事を考えてもいいだろう。


 明日は何をしよう。明日はどんな一日だろうか。明日の天気は晴れているのだろうか、曇りなのだろうか。


 明日という必ず来る未来を想像しているとなんだか楽しい。前世じゃずっと孤独で仕事ばかり、明日に希望を持てれる日なんてなかった。けれどここは異世界。俺は会社員でなければ、家に誰もいない孤独でなければ、そもそも男ですらない。俺はいまや一国の王であり、リリーナスに帰れば仲間や友達がいて、俺は少女になったのだ。


 何もかもが変わった。だから生き方を変えよう。ずっと先の未来や他の目線や責任ばかりを気にしていた自分を変えよう。俺はレイン。瞳はキラキラとした水色で、髪は長い白髪、少し膨らみがあり幼さがある顔。身長は120センチほどで小さい。


 周りの情景を見てみれば、雪解けの直後で木々の葉に雫が溜まり、それらが夕日に反射してキラキラと光る。


 改めて世界を見るとこんなにも色鮮やかで煌びやかだ。思い返してみればこの世界に転生してからの一か月間は、現実世界での一か月よりも新鮮で毎日がカラフルに彩られているようで、本当に楽しくて楽しくて……悲しいこともあって…………けど、嬉しいことや救われたことも何度もあった。支えてくれる人たちがいてくれた。一緒に戦ってくれる相棒がいた。


 だから俺はもう怖くない。俯かない。だからめいっぱい明日は──いやその次の日も、そのまた次の日も……希望をもって、生きていこう。

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