第15話
「えっ、貴史?」
「祐輔っ」
俺はヤツを抱き締めた。やっと見つけた。もう二度と失いたくない。気が付いたら涙が止まらず、声にならない音が出続ける。
「貴史、苦しいよ」
か細い声を聞いて、やっと力が抜けた。
「お前、何やってるんだよ。みんな心配したんだぞ。俺だってこの数日間、生きた心地がしなかった」
「ゴメン」
「いなくなりたくなるのはわかるよ。けどさ、せめて俺にはどこに行くのかちゃんと言えよ」
「でも、オレのせいで貴史にまで迷惑かけたじゃん。だから、オレはいなくなった方がいいんだよ」
「アホか。あんなもの迷惑のうちに入るかよ。むしろ、お前がいなくなったことの方が大迷惑だ」
「貴史ーー。ありがとう」
「言いたいことはいっぱいある。でも、とりあえず帰ろう」
「うーん。今日はもう帰る電車に間に合わないんじゃないかな。オレが今泊まってるところへ行こうよ」
自分でも調べたが、今から移動しても最終電車に乗れる時間はもう過ぎていた。帰れないのであれば仕方ない。俺は祐輔の先導に従う。
道中、俺は祐輔に言葉を掛けたが、ヤツは何も聞こえないかのように進んでいった。しばらく行くと茅葺き屋根の小さな古民家にたどり着いた。
こんなところ、借りたら高そうだ。祐輔が一人で泊まっているとは思えない。もしかして、タヌキにでも化かされているんじゃないだろうか。そんな昔話、あったよな。俺は祐輔に尋ねる。
「お前、こんなところに泊まってるのか。高いだろ」
「いや、ここは普通のホテルと同じくらいだよ」
「でもさ、一人の前提で借りてるんだろ。勝手に泊まったら、怒られるんじゃないか」
「大丈夫だよ。スタッフの人はここにいなくて、チェックインとチェックアウトの時しか会わないから。そもそも料金だって一棟ごとだもん」
「何人泊まっても関係ないってことか」
「そそ、貴史も今日は疲れてるだろ。ゆっくり休もうぜ」
祐輔が手招きするので、玄関に入ると電気がついた。外観は古風でも流石に電気は通っているらしい。
「とりあえず貴史は風呂でも入ってこいよ」
「その間にまたいなくなるんじゃないだろうな」
「ならないよ。そんなに心配なら一緒に入る?」
「いや、いい。ひとりで行ってくる」
祐輔に浴衣とタオルを渡されて、風呂へ向かう。脱衣場の戸を開けると、遠くの山の端に沈みかけている太陽が見えた。周りを垣根に囲まれているとはいえ、解放感たっぷりだ。空を見上げれば、都会では見られない満天の星がきらめいている。
この数日間の心配事がなくなったからなのか、自然と身体が緩む。本当に祐輔が見つかってよかった。俺は湯船で涙ぐんでしまった。
さっぱりして戻ったら、祐輔が部屋で食事の用意をしていた。間接照明だけがつけられていて薄暗い。
「ごはんもまだだろ。ひとり分をふたり分にしたから、量はちょっと足りないかもしれないけど」
「悪いな」
「冷蔵庫に備え付けのビールもあったよ。この辺りの地ビールなんだって。オレ、飲めないから飲んじゃってよ」
「おおっ」
「じゃあ、オレも風呂入って来るから、ごはん食べてなよ」
祐輔はそう言い残して、風呂の方に行ってしまった。
ヤツを見送ってお膳を見ると、きちんと準備がされていた。俺は畳に座って箸をとる。
青菜の胡麻和えに山菜の天ぷら、汁物にごはんというシンプルな献立だ。
汁物はこの地域の郷土料理なのだろうか。初めて食べるが、出汁が利いていて美味しい。
全て平らげて、缶ビールを飲んですっかりご機嫌になっていたら、祐輔が浴衣を着て帰ってきた。
「貴史、ご機嫌だね」
「メシもビールも美味かったからな。これ、お前が作ったのか」
「まさか。先に頼んどいたら、宿の人が作って持ってきてくれるシステムなんだよ」
祐輔は俺の隣に腰かける。
「祐輔、お前どうする気だったんだよ」
「何にも。勇人にお客さんと一緒にいるところを見られて。いくら否定してもこれからはいろいろ言われるんだろうなって。オレのせいで貴史も巻き添えにしてーー」
「俺は大丈夫だよ」
「とりあえず勇気をもらおうと思ってさ。一番好きなシリーズの一番好きなエピソードを観てたら『ここに来たいな』って思ったんだ。で、気が付いたらここにいた」
「そうか。でも、連絡くらいしろよ」
「充電器持ってきてなかったから、電池切れちゃったんだよ。それに誰とも話したくなかった」
「まあ、ひとりになりたい時もあるよな」
祐輔は黙ってうなずいた。
「それにしても、貴史はどうしてオレがここにいるってわかったの?」
「お前の部屋のDVDが一本なくなってたから。お前が実際モデルになってるところがあるって言ってたじゃん。だから、ここかなって」
「ふぅん」
気が付けば祐輔は俺のことをじっと見つめていた。その瞳には心なしか湿り気がある。
「オレさ、貴史に見つけられた時、びっくりした。どうして何も言わないでいなくなったのに、オレのことを見つけられるんだろうって。貴史はオレにとって特別な存在なのかもしれないな」
貴史の手が俺の手を握る。そして、そのままのしかかってきた。不意の攻撃で俺が呆気にとられているうちに唇が重なる。そして、そのまま口内に侵略の手を伸ばしてきた。
俺は強引に刺激してきたかと思うと、突然物足りなさを感じさせる動きに翻弄され、気が付いたら自ら応えていた。絡み合う水音が、欲望を加速させる。
「貴史、オレとずっとここにいようよ」
祐輔がお互いの熱を擦りあわすように動くと、甘い感覚が身体を貫く。焦らすようなアプローチが、俺の理性を吹き飛ばして獣の本能に火をつけた。
「オレがいっぱいよくしてあげるから」
深みに誘い込むようなもどかしさで、胸や首もとを狙い打ち、ヤツは俺が自分では知り得ない悦びの扉をひとつ、またひとつと開いていった。
このまま全て身を委ねたい。辛い現実など打ち捨てて、溺れてしまいたい。
「オレはお前さえいれば他は何もいらない。大学も、夢も。もうどうでもいい」
その言葉を聞いて、俺は貴史の身体をぎゅっと抱き締めた。ヤツもそれを受け入れる。
「祐輔。それ、本気か」
「ああ」
「お前、ふざけんなよ」
「えっ!?」
急に冷水を浴びせかけられたかのように、ヤツは動きを止めた。
「そうやって逃げるんじゃねぇよ」
「何言ってるんだよ」
「お前さ、夢を叶えるためにがんばってきたんじゃないのかよ」
「そうだよ。でも、あんなことになったらずっと疑惑がついて回るじゃん。もう夢なんて叶えられないよ」
コイツ、人の気持ちも知らないで。勝手に不幸のヒロインになってるんじゃねぇ。もっと信じろよ。
「お前さ、今回の件でどんだけの人が祐輔のために動いたと思ってるんだ。俺以外にもリョウガさんやタクマさん、美紀先輩に弘樹」
「えっ?」
「勇人だって、あの後俺に謝ってきてお前を探すのを手伝ってくれてるんだぞ。みんな、お前の味方なんだよ」
「勇人も?」
「そうだよ。大体、俺たちが一緒になったって、目の前にある問題は何にも解決してないじゃないか。その後、どうするつもりなんだよ。俺にも全て捨てさせるつもりか」
「ううっ」
コイツ。この様子だと、本当に何にも考えてなかったのか。まったく。でも、それに気が付いたってことは説得できそうだ。
「二人で新天地で暮らすのも最初はいいかもしれない。けど、それは本当に続くのか。今ここで欲望のままに進んでいくのは簡単だ。だけど、俺はそんなつまらないことで二人の関係をおかしくして祐輔のことを失いたくないよ」
「オレも貴史とずっと一緒にいたい」
「だろ。俺も手伝うから、ちゃんと夢を目指せよ。やったことは消えないけど、どう意味を持たせられるかは対応次第だ。だから、一緒に帰ろうぜ」
身体が密着しているから、祐輔の鼓動がゆっくりになってきたのを感じる。さっきまでの昂りも今は静かだ。
「わかったよ」
祐輔は大きく息をはいた。これだったら大丈夫だろう。
「じゃあ、今日はもう寝ようぜ」
「布団、一組しかないけど」
「一緒に寝たらいいじゃん」
「いいの? オレ、また貴史のこと襲っちゃうかもしれないよ」
「そしたら、また俺が説得してやるよ」
「ははは、わかった。ところで、貴史は大丈夫なの?」
「何が?」
「身体にスイッチ入ったままじゃん。オレが手伝ってやろうか」
「うるせえな、余計な心配してんじゃねぇ。いいんだよ。もう寝るぞ」
「わかった」
身支度を整えて、布団に入ると祐輔が俺の手を握ってきた。
「ん、どうしたんだ」
「いろんなことから逃げないようにするために握ってみた。あと、貴史からパワーもらおうかなって」
「そうか」
俺は握り返す。
布団は二人分の熱量で暖かく、心地よい。疲れていた俺の意識は自然に遠くなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます