第14話

 タクマさんと別れて、俺は祐輔の家に向かった。

 数日ぶりに訪れた祐輔の家は時間が止まったままだった。俺は早速、部屋にあるパソコンを立ち上げてみる。

 パスワードは、以前祐輔の家に泊まった時に教えてもらった。

 まずはアクセスできるSNSのアカウントを確認したが、いなくなった日以降の更新はなさそうだ。

 続いて閲覧履歴を調べる。この前行った温泉旅館のページを見た痕跡がある。もしかしたら、あそこにまた行ったのだろうか。

 他にもいくつか気になるページがあったので、メモを取っておく。

 ブックマークや保存されているファイルもあさってみたが、いまいちピンとくるものがない。

 二時間くらい調べただろうか。疲れたので、俺は気分転換に祐輔のベッドに寝転がった。

 まだ残るあいつのにおいを感じる。身近に感じられる分、かえってさみしさが募ってしまう。

 本当にどこに行ってしまったのだろう。こうやって祐輔を感じる状況に身を置けば、あいつが考えることも少しはわかるだろうか。試しに布団に入って部屋を眺めてみる。

 ーー。

 そんな都合のいいことが起こる訳ないか。俺がベッドから起きあがろうとした時、なんだか違和感があった。

 なんだろう。もう一度、布団に入って同じように視線を動かす。

 わかった。

 置かれているDVDの列に一枚分の隙間があるのだ。よくみれば、それは俺たちが好きなアニメのものだった。ファンの間では最も評判の良いシリーズのセットで、祐輔に自慢されたのを覚えている。

 確かあいつは全部揃えていたハズだ。しかし、目の前にあるそれらは一巻だけ抜けている。一応、DVDが再生できる機器を全て調べたが見つからなかった。ケースすらない。

 もしかして。

 とりあえず中身をチェックしよう。ネットで探すか。でも、DVD版にしかない特典映像があるかもしれない。俺は急いでこの近所にあるレンタルショップに駆け込んだ。なくなった巻を見つけて、早速借りると祐輔の家で再生する。

 視ていて、話の展開を思い出す。この巻はいつも足手まといのキャラクターが、絶体絶命のピンチに陥りながらも成長して、苦難を乗り越えるエピソードが収録されている。

 祐輔はこのキャラクターが好きで、一緒に視た時も熱っぽく語っていた。

 内容はそのキャラクターのファンではない俺が視ても楽しめる。自然と魅入ってしまう。

 気がついたら、もうクライマックスだ。今のところ、収穫になりそうなことは何もない。うーん。やっぱりハズレか。それとも、何か見落としている?

 そういえば祐輔と一緒に以前視た時、何か言っていたな。何だったっけ。このエピソードの舞台にモデルがあるとかなんとか。

 モデル。

 その言葉が俺の頭に響く。確かに祐輔は、モチーフとなった場所があると言っていた。

 それはどこだったか。

 俺はすぐに立ち上がって、パソコンで検索する。あった。その場所は実在する。

 これは偶然だろうか。

 人間は実際には意味がないものに意味をこじつける性質があるという。今、考えていることも、それと同じ物かもしれない。

 でも、俺は行こう。そう決めた。


 窓の外には木々がうっそうとしている。ひらけている場所にはだだっ広い畑と、時々思い付いたかのようにぽつんぽつんと家が建っているだけだ。そんな景色を眺めながら、俺は電車に揺られている。

 今から行こうとしている先に祐輔がいるかどうかわからない。でも、今はただできることに専念すると決めたからかもしれない。心の中は、意外と穏やかだ。

 到着した駅はそれなりに大きいものの、駅員の姿は見えない。改札を出たら、小さな個人商店とまばらに家がある程度だった。バス乗り場らしき広場にはタクシーが一台だけいる。

 バス停の時刻表は朝晩以外、真っ白だった。タクシーを使うしかないか。窓から車内を覗き込むと、中年男性が居眠りをしている。俺が窓ガラスをノックしたら、面倒くさそうにしながらも後ろのドアを開けてくれた。

 俺は車内に乗り込み、行き先を告げる。運転手さんは「ああ」と言いながらエンジンを掛けた。しばらく進んだ頃だろうか。運転手さんが俺に話し掛けてきた。

「兄ちゃんも、何たらっていうアニメのファンなのかい」

「えっ、何でわかるんですか」

「行き先がね。普通のお客さんが行くところじゃないから」

「そうなんですね。俺みたいなのって多いんですか」

「ピークの時は一儲けさせてもらえたが、最近はサッパリだ。今日はサボりで久しぶりに来たんだが。まあ、兄ちゃんが乗ってくれたお陰で会社に余計な言い訳しないで済んだわ」

「普段はこの辺りで仕事していないんですか」

「お客さん、少ないからね。温泉があるから年寄りはよく来るけど、送迎車が持ってっちまうんだよ。おっ、着いたぜ。ここからちょっと歩くが、兄ちゃんなら大丈夫だろ」

 俺は運転手さんにお礼を言って、別れると山道を登りはじめる。勾配はそれほどでもない。ハイキング気分でいけるレベルだ。

 周りを眺めていたら、見覚えがある風景が目に入ってきた。あっ、あのシーンの場所だ。ここでメンバーが困難に立ち向かうことを誓いあったんだっけ。今、俺はその場所に立っているんだ。キャラクターたちと同じ空気を吸っている。そう思ったら、うれしさがこみ上げてきた。

 祐輔をここに連れてきたら、きっとよろこぶだろうな。

 そんなことを考えているうちに、坂の頂上が見えてきた。さあ、目的地だ。俺の足にも力が入る。

 意気揚々と登りきった先に、人陰はない。目の前には、ただ大自然が広がっていた。

 いきなり祐輔が見つかる。物語みたいな都合良い話などないか。だが、候補地は別にもある。できることはしよう。俺は気を取り直して、次のスポットへ向かった。

 いくつかの場所をめぐっているうちに、最初は軽かった足取りも徐々に重くなってきた。暮れていく太陽は自分の希望と同じような気がしてくる。

 今、何時だろう。俺はスマートフォンを取り出す。んー、そろそろ帰りの電車もなくなる時間だ。

 俺はため息をつく。

 やっぱりそう簡単な話じゃないか。本当に祐輔が消えようと思ったんだったら、ヒントになるDVDを持っていくなんてあり得ない。俺にだけわかるメッセージを祐輔が残してくれた。何で俺はそんなことを無邪気に信じてしまったんだろう。

 結局、俺は自分だけがアイツにとって特別な存在だと思いたかっただけだ。俺を選んで、あんなお願いをしてくれたから? たまたま身体の関係をもって、勘違いした奴みたいだ。バカだな、俺は。

 現実はこれだ。次の場所にたどり着いたら、もう帰ろう。

 さっきまで足元だけを眺めていた目線をあげたら、自分の前を歩く人陰が見える。

 逆光になっていてどんな人かハッキリ見えないが、どうやら目的地は同じらしい。他人のことは言えないが、物好きなヤツもいるもんだ。

 俺はついに登りきる。先にたどり着いた人は、少しひらけたところで夕日に染まる風景を眺めていた。何か言葉を呟いている。どうやらあのアニメのシーンで使われたセリフを唱えているようだ。

 続くセリフが、つい俺の口から出ていた。

 その人物が振り返る。やはり見覚えのある顔だった。いや、まさか。幻を見るほど、疲れているんだろうか。俺は目を擦る。そして、その男が口をひらいた。

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