第13話

 勇人と別れて、俺はスマートフォンを取り出す。もしかしたら祐輔から連絡があるかもしれない。タイミングを逃して、もう二度と出会えなくなってしなったら。そう思うと怖くて、すぐにチェックしてしまう。

 連絡はリョウガさんからだった。「お互いの情報を付き合わせるために一度合流しよう」とのことだ。俺たちは最初に会ったカフェで待ち合わせることにした。

 指定された店にいると、リョウガさんともう一人。黒縁のメガネを掛けた、いかにも地味な雰囲気の男性が来た。

 とはいえ、黒いベストにシワひとつない白いワイシャツ、ちょっとしたアクセサリを添えた着こなしは、さながら執事といった雰囲気だ。普通のサラリーマンには決して見えない。

 リョウガさんは席に座って、話はじめる。

「貴史くん、お疲れ。ちょっとやつれたんじゃない? 気持ちはわかるけど、休める時はきちんと休みなよ」

「はい」

 一緒にいる人は誰なんだろうか。俺の目線に気がついたんだろう。リョウガさんが紹介してくれる。

「ああ、紹介するよ。コイツはタクマ。ウチの店でマネージャーをやってる。コイツも前は僕と一緒に仕事をしてたんだ。地味に見えるけど、意外とジジ転がしでさーー」

 話を続けようとするリョウガさんを男性は持っている書類でおもいっきり殴りつけた。

「痛てっ。お前、何すんだよ」

 抗議するリョウガさんを無視して、男はこちらに微笑む。

「貴史くん、はじめまして。タクマです。ショウくんを採用したのは私なので、調査に協力させてもらっています。コイツに代わって、今日はこれまでこちらでわかったことをお伝えしますね」

「よろしくお願いします」

 採用したマネージャーってことは、この人が祐輔にいろいろ余計なことを教えた人だよな。一見大人しそうに見えて、そうでもないのだろうか。改めて見てみると、妙な艶がある。

「行方不明になる場合、行く可能性が高い場所は統計的にいくつかあるんです。第一は友人、知人のところですが、それは貴史くんが調べていただいている部分かと思います。今の調査状況はいかがでしょうか」

「何人かでいろいろ話は聞いているんですが、今のところ見つかっていないです」

「貴史くんは、ショウくんからも親友だと伺っています。その君が見つけられないとしたら、友だちというのは可能性が低そうですね。次に見つかる場所の候補となるのは、恋愛関係がある人物のところですが」

 祐輔に恋人? 美紀先輩とは最近仲が良さそうだが、まさかそんなことはないだろう。他に女っ気もなさそうだ。まさか、男? いずれにしても思い浮かばない。

「あいつに今、特定の相手はいないと思います。逆にお店関係では、いないんですか」

「そうですね。こちらでショウくんのお客様を調査してみましたが、該当者はおりませんでした」

「お客さんが本当のことを言っていない可能性はないんですか」

「それも可能性は低そうです。ショウくんのお客様はこの業界でも比較的質の良い方が多いんですよ。ショウくんの人柄がそういう方々に好かれるんでしょうね」

「へぇ」

 そういえば、以前、祐輔がアナウンサーの話をしていたっけ。ああいう感じか。

「お店との信頼関係を大事にされている方々ですので、保護しているならばきちんとこちらに断りは入れてくれるハズです。一応、より深い調査は入れてはありますが、匿われているということはないでしょう」

「そうですか」

「あと、コッチのお店関係もいろいろ聴いているのですが、今のところ有力な情報は見つかっていません」

 話を聞く限り、二人は詳しく調べてくれたようだ。しかし、たかが一人の従業員にここまでしてくれるものなのだろうか。

「俺、祐輔の実家も行ったんですよ。残念ながら手掛かりはありませんでしたが」

「ご家族はこちらで調べるのが難しかったので助かります。でも、通常の交遊範囲で見つけられていないということは、人間関係を頼っている可能性は低そうですね」

「うーん」

 誰かに頼っていないとしたら、どこに行ったかもヒントがないってことだ。この世界を隅々調べないくちゃいけない。そう考えたら、気が遠くなる。

「あと調べるとしたら、ショウくんの家でしょうか。過去の事例からも人を探す時に家は一番情報がある場所と言われています。前にそれで見つけられた子がいました」

 前にリョウガさんは「いなくなるのはよくあること」って言ってたっけ。この様子だったら、実際に失踪人間を見つけたこともあるんだろう。だとしたら、そのノウハウは絶対に聞いておいた方が良い。

「例えば、どんなところをチェックしたらいいんですか」

「パソコンの履歴や、なくなっている物などが出掛けた先のヒントになることが多いですね」

「わかりました。もう一度アイツの家に行ってみます」

「今回はあまりお力になれず、すみませんでした」

「いや、俺たちだけじゃわからないことを押さえてもらって助かります」

 俺が頭を下げると、リョウガさんは俺を力づけるように背中を叩く。

「僕たちも引き続き調べるから、がんばろうよ」

「リョウガさんもありがとうございます」

「じゃあ、僕はちょっと出ないといけないから先にいくね。タクマ、ここの支払いはよろしく」

 リョウガさんはそう言うと、さっと荷物をまとめて出ていった。

「ふぅ、落ち着かないヤツだな」

 タクマさんがつぶやく。

「タクマさん。とても丁寧な話し方なのに、リョウガさんにはタメ語なんですね」

「失礼。リョウガとは腐れ縁なので。私もつい地が出てしまうんです」

 タクマさんはさっきまでの冷静な雰囲気が崩れ、照れくさそうだ。なんだか人間味を感じる。

「本当に。いつも無茶ばっかりするから、こちらが後始末で大変な目に合わされる」

「いつもなんですか」

 聞いてはみたものの、想像はつく。

「ええ。だから最近はあいつが自分の理想で周囲とのイザコザを考えずに動いている時は、私が先回りしてつじつま合わせをするようにしています。ただ、今回は代償を支払う必要がありそうですがーー」

 あれ? 俺は違和感をそのまま口にする。

「代償って、どういうことですか」

 タクマさんは一瞬「しまった」という顔をしたが、観念したように言葉を続ける。

「実は今回いろいろ調べるのに多少無理を言って、私たちの上の組織の力も借りているんです。組織も慈善団体ではないですから、得ようとするものにこちらも見合ったものを提供しなければなりません」

「それじゃあ、お二人にご迷惑を掛けているんじゃないですか」

「そこは心配無用です。私は一応組織には評価されていますから。ある程度権限委譲もされているので、それを使って上手くやっています」

「リョウガさんは?」

「あいつは問題も起こすので、何らかの対価は支払う必要があるでしょうね」

「そんな。大丈夫なんですか」

 対価というのがどんなものなのかわからない。けれど、話の雰囲気からして生易しいものではない気がする。

「まあ、あいつのことだから平気でしょう。むしろちょっと痛い目をみて、こちらの苦労を知ってほしいくらいです」

 タクマさんが口だけで微笑む。リョウガさんに相当苦労させられているのだろう。

「でもーー」

「大丈夫です。まだまだ私がコントロールできる範囲内ですから、それほど酷いことにはなりません」

 安心させるためなのだろう。タクマさんは俺の肩に手を置く。

「それに自分の思いを貫こうとするなら、相応の代償を支払わないといけない時があるんです。リョウガにはそれを学んでほしい」

「でも、心配じゃないんですか」

「リョウガは言っても聞かないですからね。だから、大きな失敗にならないように、あいつを支えるのが私の役目だと思っています。まあ、今回は個人的な理由もあるのですが」

「個人的な理由?」

「リョウガも元々は進学のためにこの世界に入ってきたんですよ。でも、あいつは金で失敗した。昼の世界へ戻れるチャンスもあったのに、この世界から出られなくなってしまったんです」

「そうだったんですか」

「私もそれを側で見ていたのに、何もできなかった。だからなんでしょうね。私たちはショウくんについ肩入れをしてしまうんです」

 にっこり微笑むタクマさんを見て、何故彼らがここまでしてくれるのかが納得できた。

 そして、これまでの話をする様子からタクマさんとリョウガさんとの関係がわかったような気がした。

「タクマさんはリョウガさんのことが好きなんですね」

 タクマさんは明らかに動揺したかのように、こちらから目をそらした。

「ええ、そうです」

 不本意そうな顔をしているが、その声に不快感はない。

「じゃあ、お二人はお付き合いされているんですか」

「いいえ。私はリョウガを追いかけてこの世界に入りました。ですが、あいつが私のことをどう思っているのかは正直よくわかりません」

「へぇ。タクマさん、思ったよりも情熱的なんですね」

「リョウガからは『お前の愛情は重過ぎる』って言われてますよ」

「いや。そんなことないと思います」

「多分、相思相愛ならば重くても許されるんでしょうね。でも、そうではないから。それにリョウガとは、付き合わない方がお互いにとっていいんです」

「そういうものですか」

「もし、私たちが恋人同士になっても、ケンカばかりで結局別れることになる。リョウガと私は違い過ぎるので」

 傍目では、二人は違いがありながらも補い合っているパートナーに見える。タクマさんにそこまで言わせる何かがあったのだろうか。

「実際に私はリョウガを好きなことで傷付いたし、あいつのことも傷付けてしまいました。ならば、傷つけ合わない距離でいることがお互いにとって幸せ。そう思うんです」

「でもーー」

「『つがいになることが良いことだ』というのはあくまでも結婚制度を前提にした考え方です。本当に大切なのは、『お互いの関係を最大限幸せなものにするためにどうしたら良いのか』ではないでしょうか」

「そうかもしれません」

「それは、本質的にはセクシャリティとは関係ない話ではありますが。って、つい熱く語ってしまいましたね。私たちの場合、法律が守ってくる訳ではないから、いろいろ考えてしまうんですよ」

 タクマさんは頭を掻いた。

「いえ、勉強になりました」

「では、私もそろそろ行きますね」

 タクマさんは伝票を持って、レジの方に向かっていった。

 俺は今まで恋愛して、結婚するのが正しいと何となく思っていた。でも、実際にはそうでもないのかもしれない。

 じゃあ、俺と祐輔の関係に当てはめた場合、どうなのだろうか。

 タクマさんから宿題を出されたような気がする。

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