第8話

 宵は深まっていき。

「ほもやせんぱあ〜い、次の企画のメインヒロインは、健気な後輩ヒロインにしましょうよ~」

「いや、それはダメだ。あとその呼び方やめて」

 酔いも深まっていた。

 けれど、たとえ酔っていても、たとえかわいい後輩の頼みであっても、俺は断固として首を振る。

 そういえば出海ちゃんって、大学も俺と恵と一緒の不死川大学にきたし、後輩キャラ徹底してんな。

「それはうちの第2作『冴えない彼女の~』でサブヒロインとして出したから、それを今さらメインヒロインにするのはダメだよ。主人公を無条件で慕ってくれる後輩ヒロイン、っていうのは様式美ではあるけど、その様式美はサブヒロインであってこそ真価を発揮するんだ。

 そもそもサブヒロインっていうのは、メインヒロインに対しての救済策が基本だろ? メインヒロインはどんな要素でも、たとえばメインヒロインのくせにぜんっぜん個性がないだとか、付き合ってみたら思ってた以上に重かったりとか、そういうチャレンジングな属性をいくらでもつけられるけど、サブヒロインのキャラクター造形はそれはもうテンプレート中のテンプレート、誰でもわかりやすい設定になってる。だって、そうだろ? サブヒロインまで強烈な個性があったら、メインヒロインが合わなかったユーザーを、いったい誰が救ってくれるんだよ?

 いや、もちろんサブヒロインまで癖のある魅力的なキャラクターで、もういったいどのヒロインを推したらいいんだよってユーザーを散々もだえさせといて、最終巻でサブヒロインを勝利させちゃうとか、そんな反則技を駆使しちゃうのにそれが納得できるうえにクソ泣けちゃう神作家が霞詩子なんだけど……それから、世の中には、サブヒロインどころか攻略対象外なのに人気投票でメインヒロイン級にランクインしちゃって派生作品をつくってみたらまさかのアニメ化、とか、それくらいのパワーがあるキャラクターを生み出せるクリエイターもいるけど、俺の力量ではまだ無理だよ。それはもともと作品自体のパワーがあって、伝説級に売れに売れて、原作が発売してから十年以上経ってるのにアプリゲームの年商が億単位で、とか、そういうめちゃくちゃ高いハードルを乗り越えたからこそできることで、俺たちのサークルは、まだそんな土俵には立てていない。

 そういうわけで、健気な後輩ヒロインなんて使い古されたテンプレートに、そこまでの個性をつける技量がない俺には、そこそこ人気はでるけど、派生作品でもメインヒロインにはなれなくて、劇場版特典色紙では心ない人たちからハズレ呼ばわりされちゃうような、ちょっと幸薄な後輩ヒロインを書くくらいが限界だよ」

「さりげなく後輩ヒロインをこきおろしてませんか先輩? ていうかそれ、どの後輩ヒロインを頭に浮かべながら喋ってます?」

「出海ちゃん、びっくりするくらい目が怖いよ……」

 夕方に鳴きはじめる蝉の名が冠された神ゲーヒロインみたいな目つきになった出海ちゃんを、恵が諭してくれる。惨劇の幕開けを予期したのかもしれない。

「そうよ智也、そんな使い古された胸だけが取り柄の後輩ヒロインより、幼馴染ヒロインにしなさいよ。幼馴染こそ、メインヒロインの原点でしょ?」

「そんな使い古された設定のヒロインなんて、今時はネタ枠もいいところよ。さんざん幼馴染という先天的な特典に甘えて主人公を裏切りまくった挙句、そのせいで他の女にとられるのがオチね」

「…………っ」

 つかみかかろうとする英梨々を軽くあしらい、詩羽先輩がスススッと寄ってくる。

「それよりも、どんなダメダメな主人公君でも包み込んでくれる先輩ヒロインのほうがいいわよね……それとも、初めての女とのことは、もう、忘れちゃった……?」

「えっ、あっ、ちょ、ちょっと近いです……」

「もしも倫理君が死ぬ間際の走馬灯でファーストキスのことを思い出すとしたら、その相手は私ということになるわね……」

「うわ、わわわ」

「ちょ、あ、あたしだってちいさいときにっ……」

「そんな性の目覚めもないころのキスなんてカウントされないわ。おばあちゃんが孫にするキスと変わらないわね」

「お、おばあっ……!!」

「ま、まあともかく、今回のゲームのメインヒロインについては、ちゃんと考えないとな」

 詩羽先輩から離れて、話が変な方向ばっか行くのをむりやりに軌道修正する。

「これまでは"坂道三部作"として、ある程度、世界観やキャラクター設定に"あえて"類似性をもたせながら進めてきたけれど、」

「"あえて"もたせたって、そうでしたっけ?」

「トモがそれしか書けないからそうなったって感じよね〜」

「こらこら、出海も氷堂さんも、代表がへこむからそのへんで」

「あ、あえてもたせてきたわけだけれど!」

 耳の痛いツッコミはあえて無視する。

「今回は、これまでの作品から独立したものを打ち出していきたいと思ってる。霞詩子、柏木エリを起用してから始まったこのサークルだけど、その2人を改めて迎えての、今回の製作。すごく、すごく長い道のりで、でも、その間に、俺たちだって成長した。昔の、2人におんぶに抱っこの俺たちじゃない」

「俺たちっていうか、おんぶに抱っこだったのは智也君だけだよね?」

「そうね。自分で話も書けない、絵も描けないただの消費豚がゲーム作りたいとか言い出して、あたしたちがどんだけ苦労したか」

「この業界に入って十年は経ったけれど、あんなにひどい企画書はあれが最初で最後だったわ」

「うっ……と、とにかく!」

 俺は熱を入れて立ちあがる。

 もちろん、勢いで誤魔化そうとしているわけではない。断じて。

「いま、blessing softwareはノリにノってる。そこで迎えたこの最強メンバーで、最強のギャルゲーを作る! 業界に、伝説を作る!」

「今どき、紙芝居ゲーで伝説をつくるのは、けっこう厳しいんじゃないかなぁ」

「ユーザー数が著しく減ってるからねぇ。メディアミクス前提じゃないと厳しいだろうけれど、僕たちみたいな弱小企業にはそれが事のほか難しい」

「やっぱり、町田さんの話、のったほうがいいんじゃないかしら? それで人気が出れば、ゲームのほうも出しやすくなるし」

「あたしはトモがいいんだったらなんでも〜」

「あんた萌えと擬似スポコン書かせたら紅坂朱音にだって負けないんだから、まずライトノベルのほうでちゃちゃっと盛り上げなさいよ」

「あと超鈍感軟弱主人公と優柔不断空耳主人公とトンチンカンチキン野郎もピカイチですよね!」

「それ全部だいたいいっしょの意味だよね……?」

「ま、本人がそのまんまの相当イタいキャラだからね。そればっかりは、事あるごとに初めての女を強調してくる諦めの悪い性悪腹黒女でも書けないでしょうね」

「あら、そんなことないわよ。超鈍感で優柔不断でチキン童貞が主人公のハーレムものを12巻完結させたのだから、その程度のスキルは身につけているつもりよ。幼馴染みという最大のアドバンテージを活かしきれないまま、ぽっと出の新キャラに男を奪られた負け犬イラストレーターよりは手数が多いの。なにせ、男の子の初めてと、自分の初めてを差し出し合う、そんな人生に一度きりしかないイベントを、私は経験してしまったのだから……」

「うわぁぁああぁああああ!!」

 せっかく本来の合宿のテーマに戻ろうとしたのに、なんで蒸し返すんだこの人は。

「めっ、恵っ、あんたも黙ってないで、なんとか言ってやりなさいよ!」

「あー、えー、わたし?」

 と、伊織との会話以来、すっかり存在感が消え去っていた恵に、怒りの矛先が向けられる。

 ……この話題、居づらいからそろそろやめてくれないかな。

「いやー、わたしはほら、」

 助けを求めて半分涙目の英梨々と、相変わらず下ネタ発言を連発する詩羽先輩に、恵はニコッ、とかわいらしく微笑んで、



「智也君の、その初めて(ファーストキス)は知らないけど、べつの初めて(書けません)があったから……」



「うわぁあああああああ!?」

「ふぇぇぇぇぇええええ!?」

 とんでもない爆弾を投下してきた。

「○ねばいいのに……この、地雷腹黒××ビ×チが…………! ×されてしまえ……! ×されてしまえ……!!」

「うわー、こういうセンパイ、ひさびさに見たわ―……」

「恵さん、容赦なさすぎですぅ」





「そ〜いえば、トモ、結婚式、ほんとにやんないの?」

 クールダウンさせるべく詩羽先輩と英梨々に水を渡していると、のんきにギターを弾いていた美智留がビールをあおりながら聞いてきた。

「あー」

 さっきまで、お前、わざと場を煽るために戦闘曲弾いてたろってツッコミはしないでおいて、どう説明したらいいかと考える。

「それがさ、前話した通り、オフィス借りるんでほとんどお金なくなったんだけど、」

「あれおかしいわね? わたしのサイン本はともかく、英梨々の未発表原画なんかは売ればけっこうなお金になるはずなのだけれど」

「さすがに売らないよ!?」

 伊織じゃあるまいし……。

「また、ちょっと事情が変わってさ」


 婚約はしたんだけど、挙式は、ずっと後でって考えてて。

 なにせ、オフィスの立ち上げでサークルの貯金が底をついて、おまけに、隣の部屋を借りて、家具とか揃えたら、俺の貯金まで底をついてしまった。

 いつか絶対やりたいけど、とてもお金が足りない。

 だから恵とは、1年くらいは、頑張って貯めよう、って話してて。

 そうしたら。


「恵のご両親が、お金貸すから絶対にすぐやれっていってきて……」

「あんな剣幕の親、初めて見たよ……」

「おまけに俺の親戚のおじさんとかも、うちの両親以上にやれやれせっついてきて……」

 結局、結婚式の費用は恵の家とうちの家とで折半で出してくれることになって。

「あ、だからみんなにも、日取りが決まったら、招待状送るから……」



「………………ばぃぃのに」

「け……へ…………………」


「……え?」


「………………ば……いいのに……!」

「けっ…………へ………………………」


 テーブルが、ものすごい勢いでガタガタと揺れ始める。


「×ねばいいのに! ×××をぶった切って××して×にぶっこんで××××××してやろうかしら!?!?!?!!」

「詩羽先輩!?」

「け……けっこ……ん……しき………けっ……へ……けひへぇ…………」

「英梨々!?」


「いやぁ〜、ちょっとこれは誰にも見せられないね〜」

「ふ、ふたりとも、ちょっと落ち着いて! ちょっと落ち着いて!」

「トモ〜、あんたがいるせいで落ち着かないんだと思うけど〜?」

「はわわわわ、智也先輩、今日が命日かもしれませんね!」

「それはちょっと、私も困るんだけど……」


「××××××!×××××××××!××××、××××××××!?!?」

「けへへ……けひへ……………けへっ、……ひへへっ……へひ…ひへへっ……」

「うわぁぁぁぁぁーーー!!!!」

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