第6話

「なんか、マルズ、土壇場の馬鹿力要員としてウチをアテにしてる感すごくないかなぁ?」

「ぐっ……!?」

 改めて全員そろったところで乾杯して、それから会議へと移る。

「フィールズクロニクルの移植版だって、締め切りギリギリになって私たちに回ってきたよね? 普通、そんな仕事、外注に頼まないよね?」

「う、うぐぅ……」

 まあ、会議というより、愚痴大会なわけだけれど……。

「ま、まあ、それだけ信用してくれてるってことだろ……」

「いつでも使い捨てにできる消耗品下請けとして扱われてる気がするんだけど」

「僕も同意見だね」

「う、うぐぅ……」

 それを、仕事をもってきた伊織が言うのはどうなのかって。

「でも、僕らは消耗しない。使い捨てにもならない。マルズを利用しているのは、僕らの方さ」

 と、思ったら、そんなことを言い出した。

「それって、現場は地獄の真っ只中にいるのに、自分は人を煽ることくらいしかできない人だから言える台詞だよね? 私たちは消耗させられてるし、使い捨てにされるし、利用されてるだけだよね。主に無神経なプロデューサーに」

 で、すかさず恵がつっかる、のはもうお約束ですね。

「それは言いがかりだな。僕がいつ、君たちを使い捨てにした? 僕がいつ利用した?」

 消耗させたことに関しては触れないんだな。

「仮に、僕が君らを利用していたとしよう。でもそれを言うなら、君らも、僕を利用しているんじゃないかな? 事実、こうしてこのメンバーが揃うことができたのは、僕がマルズや朱音さんとの交渉を重ねてきた結果だし、そもそもblessing softwareがあの大手2社と交渉できるほどの地位へ上り詰めたのは、僕が取ってきた仕事の成果だよね?」

「それは、現場のみんなががんばって、無茶振りの仕事をこなしたからで……」

「無茶振り、なんて、僕は一度もしたことがないよ」

「……おい、それはいつもしてるようにしか思えないんだが」

 1ヶ月で大作の移植版追加エピソード作れとか、1週間で下請けが投げ出したアプリのサルベージやれとか……ってほんとよく出来たな!

「心外だなぁ、智也君。僕はね、できると思った仕事しか請けていないよ」

 やれやれ、と、アメリカ人かお前は、というポーズで伊織が言った。

「明確な納期があって、譲れないクオリティーがあって、その狭間のギリギリで、クリエイターは成長する。僕はメンバーそれぞれの力量と伸びしろを信頼したうえで、仕事を請けているんだ」

「まぁ、実際こなせたわけだが……」

「それにマルズに関しては、僕としてはむしろ僕らになにかあったときに泥をかぶってもらう、そういう相手として組んでるんだけどね。これまでの無茶な案件に関しては、納期へ間に合わなかった場合の責任の所在が僕らにならないようにしてあるし、念のため開発記録を、会議の録音も含め、すべて保存してある。これを公に発表したら、僕らは完璧な被害者さ」

「さすが羽島伊織、保険のかけ方がえげつないわね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 そんなことしたらマルズとの関係はバッキバキに砕け散るだろうけどな。

 ていうか今、さらっと「無茶な案件」って自分で言ったよこいつ。

「ま、公にしたらさすがにまずいだろうから、マルズへの交渉材料に使うだけだけどね」

「それは交渉じゃなくて脅迫だよ、お兄ちゃん……」




 それから話題は紅朱企画へとうつり。 

「こっちはあたしと羽島出海でぜんぶやれるからいいとして、紅坂朱音のほうは想像しただけでもうんざりね。あいつ、何かっちゃあイチャモンつけてくるし、ようやく決まったと思ったら、シナリオの修正が入ってボツになるわ、その傍らで、分担作業してるマルズのグラフィッカーの修正指示やんなきゃだわ……詰めが甘いのばっかりで、めんどくさいったら」

「外部から参加する立場とは思えない発言ですね……」

「いや、あんたも参加すればわかるわよ? まあ、昔あたしたちと仕事をしたときに、何人か下手クソなのが辞めてったらしいから、マシになってるかもしれないけどね」

 高校生にあんだけぼこぼこにされたら、そりゃ辞めたくもなるよな……。

「それにしても、紅坂さんの企画、気になるな」

「……そっちを気にする前に、まずはウチの企画を気にすべきなんじゃないかなぁ?」

「あ、そ、そうだよな恵! あはははっ……」

「音楽ってあたしに任せてもらえるのかな?」

「どうでしょうね。ただblessing softwareへ依頼する以上、あなたのことも考慮されているでしょうから、交渉次第じゃないかしら? 実際、アプリゲームの楽曲にあなた携わったわけだし……なにより、今や新進気鋭のアーティスト、michiなのだから」

「いや〜、そういわれると照れるね〜」

「いいわねあなたはいつまで経っても極楽とんぼで。私なんか、また紅坂朱音と戦わなきゃならないのよ……そうだ、音楽の監修も紅坂さんにやってもらおうかしら」

「ちょ、ちょっと、私をそんな化け物みたいな人にかかわらせないでよ〜」

「いいじゃない、あの人、わりと音楽に詳しいし……主にデスメタル方面だけど……って、あら? ……もしもし」

 携帯を耳にあてながら、詩羽先輩は立ち上がって廊下のほうへ歩いていく。

「ありゃ先輩、こんな時間にもしかして仕事?」

「たぶん、町田さんじゃないか?」

 この時間(PM11時)過ぎからが仕事の本番、って昔言ってたからな。

「はい、はい……そうですか、ショップ用の追加は……」

「………………」

「……機密だよ、智也君」

「わかってるよ……ってお前は関係者じゃないだろ」

「いやぁ、つい劇場版で、打ち上げに紅坂さんが来たときのことを思い出してしまってね」

「待て伊織。それフラグになったらどうすんだ」

「ええ、ええ……え。…………どうして知って……え」


「倫理君」

「はい?」

「町田さん、あなたと話したいって」

「え」


『やっほー、TAKI君。おはよう』

「この時間にその挨拶はおかしくないですか?」

 音声通話からビデオチャットに切り替わり、スマホの画面に町田さんが現れる。

 背景は、もちろん編集室。

 相変わらずめちゃくちゃな労働体系だな。

『いやぁ〜、もう、聞いてよTAKI君。今日中に連載分は全部提出しますって言ってたのに、今の今まで、何一つ上がってきてないし、電話かけても『この携帯電話は〜』って繋がらない作家がいてね。しかもそれが3人も。さすがの私もキレちゃった。それでさっき仮眠とって復活したから、これから自宅にひとりひとり突撃しにいくとこなんだけど〜』

「いやまじでお疲れ様ですっていうか、どんだけ納期守らない作家抱えてるんですか」

 町田さんが立ち上げたレーベルとはいえ、もう少し作家の人選を吟味したほうがよかったのでは……。

『いやー、私はーちゃんだけいればあとはどうでもよかったから、とりあえず他のレーベルで煙たがられてる暇そうなのをいくつか引っ張ってきたんだけど、さすがに選ばなすぎたっていうか』

 なんという見切り発車。

『うちのレーベル用の新人賞も作ってはみて、それなりの収穫はあったんだけど、ほら、レーベル立ち上げたばっかりだから、育てる余裕とかないじゃない? じっくり構想を練って書いてもらう余裕とか、もっとないわけ。だからみんな悲鳴あげちゃってるのよね』

「それは百パーセント町田さんのせいでは」

ーちゃんとか茜で慣れちゃうとダメね。ふつうの作家に求めるハードルをちょっと忘れかけていたわ。もういっそ、全部なろう系とか他業種の業界人から引っ張ってきちゃおうかなっていま模索してるとこ』

 いやー、もうそういうとこの人たちも青田買い合戦みたいになってるだろうから今から参入するのはどうなんですかね、と思わないでもない。

『それで、どう? 商業2作目の売上げは?』

「え……あ、まあ、上々です」

 新レーベルのブラックな話から一転、今度は俺たちの話になった。

『それは良かった。あたしもネット情報での評判は知ってるんだけど、実際のところはやっぱ本人に聞かないと、ってとこあって』

「はあ」

『それで、書籍化についてこれから打ち合わせをしたいんだけれど』

「ああ、はい……って、ちょっと待って!? そんな話聞いてないよ!?」

『そりゃそうよ。今初めて話したもん』

 当たり前じゃない、みたいな表情をしている画面越しの人。

「あの、いきなりそんな話されても困るというか、ノベル化ってけっこう外すことも多いだろうし、いきなりは……ていうか今、思いつきで言ってません? 社内で話済んでます?」

『いいの、今の部署ではわたしが一番えらいんだもん。その一番えらい私から、直々に打診されてるんだよ? こういうのは頭で考えちゃあ、ダメ』

 なにこの傍若無人なだよもん星人。

「うちみたいな弱小零細企業がだしてるギャルゲーのノベライズなんて、読者層かなり限られてくると思うんですけど」

『そう? 私は十分、注目すべきサークルだと思うわよ。あなたたちが同人時代に出した『冴えない彼女の~』のWikipediaのページ、見たことある? 今はけっこうな分量になっちゃってるけど、一昔前はもうコンパクトによくまとまっててね、ネタバレはあるけど、微妙なさじ加減で大事なところは書いてない、それでいて書き手の読みの深さがうかがい知れる絶妙な塩梅のページになってて、これは私が勝手に思ってるだけだけど、正直、書き手の作品に対する愛しか感じなかったわ。ただヒロイン紹介の3、4行目には振られた、っていう壮絶なネタバレが書かれているのはちょっと解せなかったわね。個人的には、サブヒロイン2人の項目と、サブキャラである親友ポジション男性キャラの文字数がほぼ一緒なのがけっこうツボで、ヒロインと言ってもサブはサブ、親友キャラと同じ程度の扱いしか受けられないのねって……』

「あの、この場に誰がいるか知ってて言ってるよねあんた!?」

 視界の外で漲る殺意を感じながら、ディスプレイ越しの空気読まない編集長にツッコミを入れる。

『そもそも、同人時代のゲームがWikipediaに記載されるってなかなかないことよ? キャリアとしてはまだ駆け出しの域を出てないからネームバリューには期待していないけど、TAKI君のシナリオには一目置く価値があるわ』

「あ、ありがとうございます……」

 編集の仕事してる人に文章褒められるのって、ちょっとこそばゆいな……。

『もちろん、TAKI君の文章はすごくきもちわるいから、ウチのレーベル用にチューニングしなきゃならないけど』

 ……編集の仕事してる人に文章けなされるのって、ほんと死にたくなるな。

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