第5話
「ほんと、念願の、このメンバーでの新作祝いなんだから、際どいネタ勘弁してよ先輩……」
「場の空気をほぐそうとしただけよ」
「ぜんぜんほぐれてないよ! むしろガッチガチに固められたよ!」
マッサージっていいながらプロレス技で固めてくるのは別の担当(美智留)のはずでは……。
「こう見えてね、けっこう緊張しているのよ。なにせ、こうして倫理君たちとまともに話すのなんて、7年ぶりくらいだから」
「う、そ、それは……はい」
「サイン会開いても、さいきんは来てくれなくなったし」
「あの、ほんと、ごめんなさい……なんていうか、ファン層が前と違いすぎて、場違い感が居たたまれなくて……」
「今さら世間体を気にする柄でもないでしょうに。昔から人目もはばからずにオタク活動してたんだから」
「いや、なんていうか、詩羽先輩に迷惑がかかるというか、やっぱ、直接会ったらいろいろ語りたくなっちゃうし……」
「なら、サインだけもらって、そのあとにあらためて落ち合えばいいじゃない、昔みたいに。なんだったら、その日のホテルまで予約しとくわよ?」
「そういう展開に持ち込もうとするからいやなんだよ!!」
昔ならいざ知らず、万が一そんなことになったら、恵にいったい、何をされてしまうのか、考えただけでもおそろしい。
「意っ外~。2人とも、けっこうあたしのライブに来てくれてたじゃん。そのあと2人で話したりしなかったの?」
「……なんていうのかしらね、ほら、倫理君はもう人妻なわけじゃない? でも私は初めての人なわけで……こう、いろいろ、距離感が難しかったのよ。それもお酒が入ったライブ会場なんかで会うとね……ライブの熱で、頭がぼうっとしちゃってて、汗もかいてて、体が火照ってて……不意に目が合った2人。思わぬ距離で見つめ合ってしまった2人は、お互いに視線を動かせず固まってしまう……昔よりちょっと背の高くなった倫理君は震える手で私の肩を抱いて、こう言うの……先輩、俺、今日は離れたくないです……!」
「ちょっと待って、なにその展開! 雑だし危険!!」
1ページごとに妄想ネタやるのやめてほしい。
「ほんっと見境ない万年発情女ね。こんなヘボプロットしか組めない作家についてる読者の質が知れるわ」
「あら。エロ同人あがりなのを新規ファンへ隠すために、昔の同人サイトに載せていたエロ絵を削除したら古参ファンにバレて炎上したチキンイラストレーターにファンの質どうこう言われる筋合いはないわね。今も昔も仮面お嬢様で、いったいいつまで中二病なのかしら」
「うるさい。削除したんじゃなくて、一般と18禁を区別するために整理してたら、その間に勝手に騒がれただけだから。それに線画の適当なちょいエロごめんねイラストをアップしたら、炎上どころかむしろ感謝されたから」
ファンて……ちょろいな……。
「いいなあ……わたしなんて、えっちな絵描きたいのに、倫理規定(社長判断)でアップする前にぜんぶボツにされてるんですよ……」
「そ、それは個人の同人誌でやってもらう方向で……」
「なにいってるんですか! 公式だから萌えるんじゃないですか!」
「燃える(炎上)可能性もあるけどね?」
なんでもエロいれればいいってもんじゃないしな。
「まあ、それはそれで、いかにレーティングへひっかからずに極限までえっちにできるか、腕がなるんですけどね~」
「エロゲーをコンシューマー化するときのシナリオライターみたいなこと言わないでよ……」
「そういえば、あんたも
味変〜、と、豚骨スープの素を嬉々として鍋に入れながら、英梨々が詩羽先輩へ水を向けた。
「……私は、ブランドイメージ的に、そういうのやらないほうがいいのよ」
「そう? 若い女の子なんかが飛びつきそうだけど」
恋愛の伝道師が書く女性向けR18小説……たしかに、読んでみたい……。
「どうかな~、先輩、へんなとこでピュアっていうか、チキンだからね~。じっさい、書くのが恥ずかしいんじゃない?」
「……そういう、人をわかったふうでいてまったく的外れなことを言われるのはとてもとても気に入らないのだけれど、氷堂さん?」
「なーに先輩、図星?」
「ヘンなとこで師弟そろって倫理的よね。あたしなんか、中学のときからエロ同人描いてるのに」
「それはそれでどうなんですか……澤村先輩……」
娘の教育どうなってんだよ……ご両親……。
「そういえば、英梨々のご両親、元気か? こないだの夏コミで会えなかったんだけど……」
前回の、夏コミ。
俺たちが商業化してから初めての、完全オリジナルギャルゲーの、ファンディスク&設定画集&タペストリー、クリアファイル、卓上カレンダーetc…の販売は、盛況のうちに終わった。
記念イラストのアクリル板入りプリモアートも、えげつない値段なのに完売してくれて。
……グッズと値段考えたのは伊織だから、本当にえげつない販売の仕方したんだけど。
でもシークレットランダム缶バッヂとか、そういう2.5次元アイドル系でやるようなことまでは手をだしてないから、伊織にもまだ良心があるんだなと感心したり。
ちなみに、俺が激推しのメインヒロイン抱き枕カバーの販売は、伊織にも、他のメンバーにもドン引かれ、何より当人(メインヒロイン)に、超絶却下された。
あんまり深く考えてなかったんだけど、恵に理由を聞いたら、納得というか、そりゃ引くよなというか。
……なんて言われたのかは、なんか、もにょるので、ご想像におまかせします……。
あ、ちなみに現実のコミケはエア開催になってるけど、そういうの言い出したらキリがないから、この番組ではご覧のとおり、見て見ぬふりでお送りしております。
「あ~、うちのパパとママ、お仕事の関係で今年いっぱいは日本にいないわよ」
「そうなのか。こんなご時世なのに……」
って言うとまたリアルが絡んできそうでもう何言っていいかわかんないですね。
「ということは、あの屋敷にひとりでいるわけね。このままでは、ただでさえ痛かった引きこもりお嬢様キャラが、いい歳して実家住まいの子供部屋おばさまに昇華されてしまうわね」
「ひとりじゃないもん! お手伝いさんとかいるもん!」
そういう問題じゃないだろ。
「一人暮らしは考えてるんだけど、なんのかんので立地が便利だし、お手伝いさんいて楽だし、引っ越しめんどくさいし……」
まあ、気持ちはわかる。
俺も、ここに引っ越してくるとき、めちゃくちゃ大変だったし。
「あと自分で言うのもなんだけど、私、一人暮らしあんまり向いてない気がする……」
たしかに、英梨々が一人暮らしをしたら、部屋の中が大変なことになる気はする。
あとは食事とか。
「それならいっそ、私と一緒に住む? たとえばこの部屋の隣に」
「隣ってうちのオフィスですよね!?」
「じゃあ、この部屋に?」
「ここはウチなんですけど!?」
「私は構わないのだけれど。とりあえず、寝室を確認しとこうかしら」
詩羽先輩がおもむろに立ち上がって、
「寝室は……ここね。匂うわ」
「なにが!?」
ベテラン刑事並みの嗅覚で、なぜか寝室のドアを探り当てていた。
「そう、ここが二人の愛の巣……」
「ちょ、ちょっと詩羽先輩っ……」
「ちっ、ベッドがひとつ……ひとつしかないのね……あら? なにかしらあの絵は」
「ちょおおっと待ったぁああ!」
俺は急いで詩羽先輩を寝室から引っ張り出し、ドアを閉める。
なにせ、寝室には、英梨々が成人式のときに描いてくれた例の絵(劇場版第2周目特典小説をご覧ください)が飾ってあるから……恵にめっちゃ反対されたけど…………。
「……なにか、非常に不愉快でイタいものが、壁に飾ってあったような気がするのだけれど?」
「なんでもない、なんでもないですっ……」
「えっ、もしかして、それって私が成人式のときにあげた……」
「ち、ちがうっ、断じてっ」
違わないんだけど。
「「……ふ〜〜〜ん」」
誰か助けて。
「いや〜。あいかわらずの雰囲気だね〜、あっはっは」
と、ハブとマングースに同時に睨まれてるカエル、的な、一触即発の空気をうちやぶったのは、
「お邪魔するよ、智也君」
「おお……って、早っ!?」
ついさっきまでパソコンの画面に映っていた、"幻の7人目"だった。
「ああ、隣のオフィスで作業してからね」
「なんだ、そうだったのか。だったら始めっからこっちくりゃ良かったじゃんか」
「いやいや」
伊織は気障ったらしく前髪をふわっと払い、
「修羅場には極力首を突っ込まない主義でね」
「それは仕事上の修羅場という意味だよな?」
今が仕事上の修羅場であったかはさておき。
「ちなみにこれは忠告だけど、これからは、マンションと言えど、窓を開けたまま外出するのはおすすめしないな」
「え?」
たしかに今日、帰ってきて暑いのが嫌だから、窓を開けたまま外出したけど……。
「……まさか」
恵と帰宅したとき、鍵が開いてたのってもしや。
「となりの部屋から、ベランダ伝いで侵入できてしまうからね」
「犯罪だろそれ!」
どうやら隣のオフィスから、ベランダのパーティションを乗り越えて入ってきたらしい。
あぶねえな。
「いやー、つい出来心でー」
「美智留……やっぱりお前か」
「初めはさあ、オフィスの方で宴会やるつもりで集まってたんだけど、たまたま、トモんちの窓が開いてるの見つけちゃってさー」
どんなたまたまだよ。
ていうか見てたんなら止めろよ……伊織……。
「わ、わたしは止めましたからね?」
「その割にノリノリでゲームやってたよね、出海ちゃん?」
「そ、それは……郷に入れば郷に従えといいますか……」
入るべき郷を間違えすぎだ。
今度から、外出するときはちゃんと窓の鍵を閉めよう……。
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