第4話

「……そんなに、うまくいくかな?」

 それは、恵にしては、優しい口調で。

「どんなに熱意があったって、それだけじゃどうにもならないこと、あるよね? たとえばだけど、最終巻の最後でサークルも受験も成功させて伝説作る、なんて息巻いてたのに蓋を開けてみたら進学どころか卒業できたのが奇跡、ってくらいの成績で、いったいどの口が不死川大学に入るなんて言っちゃってんのよ~って酷い状況で、丸々1年、学力の低さが理由で活動休止するはめになったサークルの代表とか、そういう人が世の中にはいて、制作の進行が致命的になっちゃうってこと、あると思うんだけど」

『あ~、わかる、わかるよ恵さん。本当に、まさに転換期、1作目でついたファンが半分くらいアンチに転じてもおかしくない製作スタッフ陣の大幅変更(シナリオライター&原画)に、それでも期待してゲームを買ってくれて、批判もいっぱいあったけれどついてきてくれる人もいて、そういう人たちのレビューのおかげでプレイしてくれた新規ユーザーなんかも獲得して、できたてのサークルだけどいきなりゲーム製作するなんて度胸がある、だから応援してあげようっていう雰囲気だったのに、感謝イラストばっかり更新しつづけるわりに次作の製作情報がまったく発表されなくて「あいつら、一発屋だったんだなあ」「期待した俺の時間返せカス」みたいなコメントが目立ってきて、さすがに僕も言い返す言葉がなくってさ~。まさか、これまで勉強なんて見向きもしなかったサークル代表が、一身上の都合で身の丈に合わない大学を受けるためにサークル活動休止します、なんて言えなかったからね』

「……その点に関しては、私としては、もう、謝るしかないというか」

『なに言ってるんだい? そもそも、恵さんは同じ大学に入ってくれ、なんて一言も言ってないじゃないか。サークル代表が勝手に、自分の私利私欲のために、サークルを捨てて不死川大学の受験を選んだんだよ? そうやって副代表として責任を取る姿勢は評価するけれど、責任それ自体の所在をぼかしてはいけないよ。恵さんは、何一つ悪くない』

「あの! ほんと、あの、ほんと! 俺の身勝手のために迷惑かけてほんとすいませんでしたぁぁぁぁ!!!!」

 謝るタイミングを一切入れさせないまま話し続ける恵と伊織に、俺は全力豪速球の土下座謝罪をぶっぱする。ほんとに俺の寿命がストレスでマッハなんですけど……。

「……ま、代表のまったく誠意を感じない謝罪はどうでも良いとして、こういう大事なこと、画面越しに話すことじゃないよね?」

『……まあ、確かにね。仕方ない、僕もそちらに参加させてもらうよ』

「え、お前、今から来るのか?」

『副社長からのお呼び出しだからね。タクシー代は、持ってもらうよ?』

 不吉な一言と共に、スカイプが切れる。

 また経費が……とため息をつきつつ、俺は、変わったなあ、と感心してしまう。

 伊織と恵は、以前は犬猿の仲で(今はそうではない、とは言い切れないが)、同室にいることすら嫌がっていたのを思うと、ずいぶん成長したもんだ。

 さすがに7年も一緒に修羅場をくぐると、信頼が生まれるのだろうか。

 その修羅場が誰のせいかっていうのは置いといて。

 ……俺のせいですね、すいません。




「さて、話し合いは終わったかしら?」

 俺たちのやりとりを静かに見守っていた詩羽先輩が、優しい声で言った。

「別に、終わってないです。これからです」

「ふ〜〜〜ん」

「……わたし、ちょっと台所行きます」

 詩羽先輩の見透かしたみたいな視線から逃げるように、恵はキッチンに入った。

「まあ私としては、柏木エリとの、4年ぶりの仕事だからね。紅坂さんとやるにしろ、倫理君とヤるにしろ、どっちになったって、けっこう楽しみよ」

「そ、そこは俺たちとまた一緒にできて嬉しいって言ってよ先輩……」

 "やる"の字がちょっと違った気がするけど、それは無視する。

「もちろん、嬉しいわよ。また倫理君と子作りできるのなんて」

「作品(子)作りね! もうオブラートに包むことすらやめたね!?」

 ほんの一瞬だけれどキッチンの方角から暗黒色の覇気を感じないでもなかったけれど、それも無視する。

「それで嬉しくて、バッチリ下着までキメてきたのに、来てみればなにかしら? 婚約指輪のお披露目会? こんなことのために私たちに仕事のオファーを出したなんて、なめられたものね……!」

「いやちょっとそれ誤解だから! たまたま被っただけだから!」

 そう。それこそ俺と紅坂さんのオファータイミングが被るのと同じで。

「これはもうアレかしら、某ハリウッド映画みたいに、結婚式の会場に行って窓ガラスをバンバン叩いて、それから倫理君を攫ってバスに乗り込んで、勢いだけでやっちゃったのをちょっと後悔したような微妙な空気を作れば良いのかしら?」

「やめて!? 結婚式にはちゃんと来賓として呼びますから!!」

 よくR30作家って言われてる原作者の人だけど、その映画ネタはR40超えてるよ。

「それともマリッジブルーになった2人につけこんで、甘い汁をすすろうかしら……長年の付き合いを経て、ついに結婚した2人……しかしいざ夫婦になってみると、ほんとうに結婚して良かったのか、日々のすれ違いの中、お互い不安になってしまう……そこに現れた主人公の高校生時代の先輩にして、天才小説家、そして何より、主人公にとって”初めて”の女性が現れる……ワインを傾けながら昔話に花を咲かせているうちに、アルコールでの開放感もあり、主人公はそのまま過ちを犯してしまう! それから2人はお互いを求め合い、泥沼の不倫関係に……しかしついには別れを決意する2人。それでも諦めきれずに、最後の思い出にと、主人公と、その妻が共にしているベッドの上で、あり得なかった夢を再現しようと、肌を重ねあってしまう……そして主人公は決意するのよ、『いま、わかった……俺が愛しているのは、先輩だけだ……もう、先輩を、離さないっ……!!』」

「あ~~~~~~~、それで、部屋の入り口にはいつの間にか主人公君の奥さんが立ってて、死んだ目で『なに……してるの……』って言って、弁解しようとする2人に問答無用で包丁を突きたてるんですよね? 『中に誰もいませんよ』~」

「いやちょっと待って恵! それまじで怖すぎるから!」

 そのあとNice boat. が流れるまでがテンプレな。

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