第3話

「「ええ~!?」」

 俺と出海ちゃんが、衝撃の展開に悲鳴を上げる。

「ちょ、俺たちまた紅坂さんにこき使われるの!?」

「いや、倫也先輩、驚くのはそこじゃないでしょう……!」

 嫌な予感しかしなさすぎて頭を抱える俺に、出海ちゃんが呆れた目を向ける。

「あの、マルズですよ? その新作タイトルの制作に関わるなんて……ほんとに、そんなことしちゃっていいの、お兄ちゃん?」

『いいもなにも、制作総指揮である朱音さん自らのご指名だよ。向こうが、交渉材料として僕たちを指名してきたんだ。それについては、誇っていいことであると思うけどね』

「で、でも……」

「あんたね、その程度のことで何ビビってんのよ?」

 戸惑う出海ちゃんを、英梨々が鼻で笑う。

「あたしと詩羽は……それに、倫也だって、7年前からマルズと仕事してるのよ? おまけにフィールズクロニクルなんていうビッグタイトルを背負ってね」

 7年前。

 紅坂さんの傍若無人な無茶振りから始まった、『フィールズ・クロニクルXⅢ』の制作に巻き込まれた柏木エリと霞詩子。

 それから、そんな2人を追いかけて、巻き込まれにいった、俺。

 あのとき、俺はほとんど何もしてないようなものだったけど、それでも。

 あの時の経験が、今のblessing softwareの礎になってる。

 そして、7年経って、俺たちは、成長した……はずだ。

「そうだよ、出海ちゃん」

「智也先輩……?」

「そんなことで、ビビってちゃ、ダメだよ」

 そう。

 だって、この2人は、そんな場所で、当たり前のように走りつづけているから。

「俺たちに、そんなことでビビって、止まってる暇なんか、ないよ」

 俺たちだって、走りつづけなきゃいけない。

「大丈夫だよ。今の俺たちなら、できる」

『……僕も、同じ意見だな』

「な~にかっこつけちゃってのよ~2人とも~」

「お兄ちゃん……」

 完全オリジナルの新作を、このメンバーで作って。

 マルズ の、紅坂朱音の企画に、そのまま参入する。

 納期は絶対に伸ばせない。

 でも……。

「やろうよ。無茶かもしれないけど、でも、俺たちだったら、できる」

 逃げるわけには、いかないから。

「ま、わたしならモーマンタイだけどー」

「私も、何一つ、問題ないわ……というか氷堂さん、あなたにマルズからのオファーはないと思うのだけれど……」

「い、いったい何徹すればその地獄が終わるんでしょうか……」

「べつにいいじゃない徹夜くらい。どんな修羅場だって、ドンと来いよ」

「そして徹夜明けの朝イチは、倫理君の熱くて濃いのが欲しいわね」

「俺が作った熱くて濃い"コーヒー"ね!! 承知しました!!」

『そういうわけだよ、出海』

 みんなの決意を聞いて、伊織が不敵に笑う。

『僕らには、止まる理由なんて、ないんじゃないのかな?』

「う〜〜〜」

 出海ちゃんが頭を抱え、テーブルに突っ伏し、

「も、もう、わかったよ! わかりましたよ! やります! やっちゃいますから!」

 観念したように、そう叫んだ。

『よかった、それでこそ出海だ』

「あたしと一緒にやるからには、いっさい手抜きは許さないからね。ぶっ潰してあげるわ!」

「望むところです!」

「潰れちゃったら、納期、間に合わないんじゃないの?」

「その時は代表が責任とるからいいのよ」

「よーしっ、それじゃあ改めて、新生blessing softwareの始動に……!」




「…………そういう大事なこと、なんで私たちに相談もなく決めるのかなぁ……?」




 と。

 突如、みんなの死角にいた人物が、黒色の覇気を放出する。

「それ、決定事項になっちゃってるよね? 誰からの了承もなく」

『……必要な了承なら取ってある。紅坂さん、マルズ 、双方納得していることだよ』

「サークルメンバーの了承は"必要"じゃないのかなぁ……?」

 株式会社blessing software副社長、にしてディレクター、にして影の支配者、にして裏社会のドン。

 加藤恵。

 ま、まあ、もうすぐ、”加藤”恵じゃなくなる、んだけど、それはまあ、なんだその……、

 ……って、このネタ2回目ですね、すいません。

『"必要"だよ。だから今、相談したのさ』

「だから、それ、決定事項を伝えてるだけだよね? それって、相談、じゃないよね?」

 あ〜、その地雷を踏んでしまったか〜、伊織〜。

 と、2人のやりとりを冷や汗かきながら注目しつつ、俺は内心、冷静に分析をしてしまっていた。

 ……まあ、何だ。まったく同じ地雷を踏み抜いて、3ヶ月近く話してもらえなかったり、せっかく仲直りしたと思った瞬間にコイツ(伊織)勧誘して好感度下げたりした経験があるからな。

 …………あれもしかして俺ってけっこう最低?

『相談、だよ。さっきのマルズ と朱音さんとの話は、あくまで口約束だ。契約書の類には一切、判を押していない。だから、もし今、メンバーがこの方針に反対したのなら、僕は断るつもりだった。信頼や人脈は失うかもしれないけれど、金銭的にも、世間の評判にも一切傷はつかない』

「それ、私が言ってること、はぐらかしてるよね? 金銭面とか、世間の評判とか、そういうこと、言ってるんじゃないんだけど」

『それって、裏を返せば、みんなが一致団結さえすれば、金銭面や世間の評判をないがしろにしてしまえる、そういう独善的な制作をしても良い、って、そういうふうに取れるんだけどな?』

「それ、極論だよね。私が言ってるのはもっと、単純なこと」

『僕はプロデューサーにして、取締役だよ。この会社がどの仕事を受け、どうキャリアを積んでいけばいいのか。それを考えるのが僕の仕事だ』

「それだって、その仕事を実際にこなすのは現場だよね? 現場のスタッフに意見、聞くべきだよね?」

 もちろん社長にも、意見聞くべきだよね?

 ……そう思ってるの、俺だけ?

 そんな俺の疑問をよそに、二人の応酬が熱を増していく。

『新作タイトルの製作とファンディスク製作で忙しかった現場に、こんな負担の大きな話を持っていくべきではない、という僕の心遣いを理解してほしいな、恵さん』

「たしかに、智也君と出海ちゃんはファンディスクの製作とか、アプリのアップデートに合わせた作業とかあったけど、わたしに一言くらいあっても良かったんじゃないかなぁ……!」

「ちょっと加藤ちゃん、あたしもいちおう従業員なんだけど……」

『僕の記憶では、恵さんもその作業を手伝っていて余裕がないように見えたけど……それでも、たしかに副社長へ一言の断りもなく話を進めたのは、プロデューサーとして失格だったかもしれない』

 ……俺(社長)への断りがないのは問題にならないんだな。

『でもそれは、副社長がちゃんと機能する人間だった場合の話だ』

「……私が、副社長失格っていうのかな」

『いや、そんなつもりはないよ。僕らの、前しか向いてないトップの補佐として、とても優秀だと思ってる。この会社で、僕と同じくらい現状を把握しているのは恵さんくらいだろう。でもね、そんな副社長には弱点がある』

「弱点……」

『君は、社員に無理をさせることができない。特に、そこにいる、社長兼シナリオライターにはね』

「……それは」

『このマルズの案件、君ならまず断っただろう? なにせ、このサークルの代表作になるはずのゲームを1本作る、それも霞詩子と柏木エリを迎えてだ。それがいかに修羅の道になるかは想像に難くない。それだっていうのに、精も根も尽き果てたメンバーを、それと同じか、それ以上に過酷な朱音さんの元へ送り出す、そんなこと、恵さんにできるのかい?』

「それ、する必要、あるのかな」

『ある』

 伊織が力強く頷く。

『今はまだ口約束だけれど、それでも契約は契約だ。もし受けないのなら、僕らとマルズとの関係はそこで切れるだろう。そして、僕らの新作に、彼女たちを起用することも無理だろうね』

「ちょ、ちょっと待てよ。二人が了承してくれるなら、たとえマルズとの仲が悪くなったって、一緒にゲーム作ることはできるだろ?」

 さっきまで場外で「あ〜あ、あいつ死んだわ」みたいな顔をしてたモブ組だったけど、つい焦って、俺はリングに上ってしまった。

「それは無理ね」

 否定してきたのは伊織ではなく、詩羽先輩だった。

「さっき英梨々が言ってたでしょ? 私たちにはマルズのオファーを断ってまで、弱小企業に協力する理由がないのよ。そして、マルズは私たちに、できるだけ早い段階で制作へ携わらせ、余裕を持った開発スケジュールでの進行を望んでいる……つまり、blessing softwareが制作へ協力しないのなら、マルズは予定通りのスケジュールを敢行する、ということよ」

 詩羽先輩の言葉が、胸に刺さる。

 その、通りだ。

 同人と商業との、アマチュアとプロとの、違い。

 熱意だけあって、他にはなんにもなくて、それでも前に進むことが正しかった時とは、わけが違う。

『霞先生の言うとおりだよ、智也君。僕たちがマルズへ協力しないのなら、マルズが僕らに協力する義理もない、ってことさ。当たり前のことだけどね。何度も言ってるけど、僕らは零細企業、そして、マルズは大企業だ。霞詩子と柏木エリ、彼女らを引き入れることができたのは、マルズの好意とさえ言っていい。もし理想の新作を作りたいのなら、僕たちはマルズへ協力するしか道はないのさ。でもね』

 そこで言葉を切り、伊織がさっと前髪を払い、ニヤついた笑みを浮かべる。それはいつも通りキザったらしくてムカついて。

 それなのに。

『そんなこととは関係なく、僕は、このメンバーで、制作したいと強く思ってる。そしてこの新作が成功すると、信じてる。というより、確信している。前回のように、初週の販売本数で絶望する、そんなことは、絶対にさせない。初めから、飛ばして、売りまくる』

 それなのに、言ってることが、その表情が、伊織にしては、ちょっと、キャラが違って。

 クールな、腹の立つ二枚目に、なりきれてなくて。

『僕は、必ず成功させる。ゲームを売りまくって、グッズを売りまくって、それからアプリ化して、稼ぐ。その時には、マルズの力が必要になる。だから、僕らはマルズに協力しなければならないし、恩を売らなくてはならない』

 お前なあ、と、商業主義まっしぐらな伊織に呆れようとして。

 記憶が、蘇る。

 去年、俺たちの新作がマルズから発売された時。

 ようやく、ようやく、商業化してはじめての完全オリジナル第1作を発表して。

 ……なのに。

 1週間目の発注が、予想を大きく下回って。

 ちょうど同時期に発売された他社の大作がネットで大盛り上がりで。

 部屋に集まって、みんなで俯いてたとき、伊織が、いの一番に、みんなに頭を下げたのだ。

 あの、伊織が。


『すまない。僕は、見誤っていた。大手メーカーだから、宣伝は任せておけばいいと、たかをくくっていた。それよりも納期に間に合わせることに全力を注げばいいと、ショップ特典とイメージ戦略に注力していればいいと。挨拶回りすら、怠っていた』


『ぜんぜん、足りていなかった。楽をしようとしていた。全ての責は僕にある』


 すまない、と言って頭を下げた伊織に、みんなが口をつぐんでしまう中、口を開いたのが、意外にも恵だった。


『それは違うよ。私たちはチームだから、誰に責任があるわけじゃない。売れなかったなら、それはみんなの責任で、それはみんなで背負わなきゃいけないことだよ』


 と。

 そして、こうも言ったのだ。


『それに、まだ負けたって決まったわけじゃない。私は、この作品がすごく好き。だから、私と同じくらい好きになってくれる人は、もっと、いる……はず。まだ、これからだよ』


 恵の予言通り、次の週の発注は、1週目の倍、それからはうなぎ上りで、売れに売れていった。

 作品の評価も、あつくるしいくらい熱心なファンがついてくれて、今でもときどき、手紙やメールで感想が送られてくる。

 ……だから、だからこそ。

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