第2話

「それにしても……」

 と。

 この混沌とした大地に、ついさっきまで、会話にはまったく参加してなかった”幻の6人目”が、フラットに、かつ強引に、割り込んできた。

「ほんとうに久しぶりだね……この6人が集まるの」

「………………」

「………………」

「………………恵。さすがにこの状況で、その仕切り直しはどうかと思うぞ。あと劇場版でも言ってたセリフだけど、それ、あえてもう1人のこと省いてるよな?」

 存在感を出し始めたと思ったら、いきなりのキラーパスを仕掛けてくる元フラット、現ブラックなメインヒロイン、加藤恵。

 ま、まあ、もうすぐ、”加藤”恵じゃなくなる、んだけど、それはまあ、なんだその……。

「……キモいよ智也君?」

「勝手に人の心を読むな!?」

 どうやら顔にでていたらしい。

「あのっ、あのですね!」

 と、ここで、この世界の唯一の良心、出海ちゃんが身を乗り出して、会話を遮ってくる。

「さっき恵さんが言った通り、ほんとに、ほんっとに、このメンバーが集まるの、ひさびさなんですよ!?」

 まさに、プンスカ、という、今日日二次元でも見ないような擬音をつけたくなるくらいの表情で、出海ちゃんがおこりだす。

「それなのに、なんですか皆さん! 黙って聞いてれば、昔の女のBlu-rayを売り払っただの、婚約しただの、そんな小さなことで言い合って……!」

 ……いや、昔の女のBlu-rayってなんだよリベンジポルノみたいで最悪じゃんってのと、婚約したのは小さなことじゃないんですけどっていうのと。俺的に。

 …………あと、さっきまで「わ~~、これが正妻戦争ですか、こわいですぅ~~」「いやいや妹ちゃん、もう勝敗は決してるから。これはね、言うなれば敗者復活戦、いや、復活すらできないゾンビ対ゾンビの、血で血を洗う消化試合だから……」『あ~、僕が言うのもなんだけれど、2人とも、そういうことは本人たちに聞こえないように言ったほうがいいと思うよ~ははは~』……なんてのんきな会話をしていたメンバーが言うのはどうかって。

「そうそう、妹ちゃんの言うとおりだよ~。ってかさ、本来、このメンツ、フツーに考えたら、ありえないわけじゃん?」

 戦争の火蓋を切ったくせにさっさと脱走して戻るなりビールと肉にしか興味を向けてなかった音楽担当が、口を挟んできた。

「もっと素直に喜ぼうよ~。今日こうやって集まれたの、けっこう奇跡じゃん」

 ……まあ。

 美智留のいうとおりだと、俺も思う。

 実際、けっこう、奇跡だ。

「トモが次の作品では絶対2人を入れるってのはわかってたけどさあ、正直、早くても来年くらいの話になるって思ってたよ~」

「あ、実は俺も、そのことが気になってて」

 自分で豪語しといてなんだけど、ここまですんなりと2人にオファーが通るとは思ってなかった。さっきの喫茶店での顔合わせも、ほぼ挨拶と日程調整のつもりで行ったし、だからこそ副社長(恵)には来てもらわないで、外部とのスケジューリング担当の伊織と赴いたのだ。

『そりゃあそうだよ、僕がちゃんと根回ししておいたからね』

「え?」

 その疑問の答えが、テーブルの上の虚空から発せられた。

 スマホが使えないのが不便、と出海ちゃんがノーパソのSkypeに移動させた”幻の7人目”(伊織)に、皆が注目する。

『あたりまえだろう倫也くん? 発売から7年経った今でも某大手掲示板のスレが更新されるほどの人気作フィールズクロニクルXⅢを皮切りに国民的シナリオライターとグラフィッカーになった二人だよ? その後の活躍も知っての通り。評価は高いけど会社の規模的には未だ弱小零細企業な僕らの依頼を受ける、そんな暇が、彼女たちにあるはずないだろう。彼女らが何年先まで仕事が入ってるか、君は知っているのかい?』

「た、たしかに……」

 俺は言葉に詰まってしまう。

 考えてみれば当たり前の話だ。あまりの破天荒ぶりに肯定派と否定派がネット上で激しく争い、最終的には「シリーズ最強(最狂)」に落ち着いた伝説のゲーム、フィールズクロニクルXⅢの看板を背負いきった二人だ。

 その後も不死川書店から発売された『世界で一番大切な、私のものじゃない君へ』で再タッグを組んでの大ヒット、そしてコンビを解消してから詩羽先輩はガールズバンドが主軸の青春小説『I,she tell you』で再びメディアミックス展開をして大ヒット、英梨々は『フィールズクロニクル』シリーズと並び立つ、正式なナンバリングタイトルは寡作ながらも派生作品で累計30作はくだらない某大手メーカーの看板RPGゲームの原画家に抜擢され、シリーズ史上最多売上更新に寄与した。俺から見れば、もう、2人とも紅坂朱音と遜色ない、スーパークリエイターだ。仕事のオファーなんて、腐るほどあるだろう。

 ちなみにだけど、『フィールズクロニクルXⅢ』はあまりの人気に、諸事情で俺たちが一部請け負うことになった追加エピソードを含めたS○it○h移植版、その移植版の要素に物語の三年後のエピソードとやり込みダンジョンを追加したコンプリート版、それからifストーリーのアプリ版、ラスボスだった魔王の過去を描いた外伝小説、などなど、派生作品は枚挙にいとまがない。

 これは業界関係者から聞いた話だけど、あまりの反響に発売後7年経った今も、フィールズクロニクルは正式なナンバリングタイトルの新作が出せずに、オンラインゲームとアプリで賄っているとかなんとか。

 まあ、続編がでないのはそれだけが理由じゃなく、内部分裂のせいだとかなんとか。

 しかもその、正式なナンバリングタイトルがなんやかんやでうやむやになるなか、起死回生の一手でなんと、またしても紅坂朱音が抜擢されたとかなんとか。

 しかもしかも、「今の私の構想はフィールズクロニクルの器じゃ足りない。新しいタイトルを立ち上げる」って無茶苦茶いいだして、外注先にそんな勝手を、とマルズが騒ぎ立てた途端、シナリオ・原画を霞詩子&柏木エリにオファー済みと言われ、何も言い返せなくなったのだとかなんとか。

 けれど、開発は来年まで待て、と言われ、マルズは歯がゆい思いをしているとかなんとか。

 って、あれ?

「もしかして、二人共、新作のオファー、断ったの……?」

 おそるおそる、聞いてみる。

「智也、あんたほんとバカね、断るわけないじゃない。誰が好き好んで超大手作品のスタートアップ投げ捨ててまで弱小零細企業のオファー受けるかってのよ」

「あら? 波島くんから連絡が来たとき、『また倫也を裏切っちゃう~』って泣き喚きながら電話してきて、挙句に仕事ほっぽり出して私の家で一晩中騒いでいたのはどこの誰だったかしら?」

「ちっ、ちょっと、詩羽!」

 ……英梨々の反応はともかく、紅坂さんと俺、仕事の発注タイミングがかぶるの、なんでなの? わざとなの?

『倫也くんが次の作品で2人にオファーすることはわかりきっていたからね。智也君がオフィスを借りる話をしたあたりから、マルズと朱音さんを含めて、ずっと交渉していたんだ』

「交渉って、そんな、俺たちみたいな弱小メーカーに、そんなことできるのか?」

 出世街道を驀進してきた2人。

 それに比べ俺たちblessing softwareは、正規の従業員は5人だけ、商業化してから正式に発表した作品は2作だけ、それなのに同人時代から含めると7年は経ってしまっている、と、未だ弱小零細企業の域を出ない新進気鋭(笑)なギャルゲーブランド。

『無論、資本も実績もほとんどない僕らが、マルズのような巨大企業と交渉をするなんて論外だ。でも、僕らにはひとつだけ交渉材料がある。ほら、前にマルズから依頼されて、シナリオライターと原画家が逃げ出したアプリゲームをうちで引き受けたことがあったろ?』

「あ~、あれは地獄だった~……」

 当時のことを思い出したのか、出海ちゃんががっくりとうなだれてため息をつく。

「〆切1週間前なのにろくにラフも仕上がってなくて、設定資料から私、50キャラ近くを一から描いたんですよ……」

「うわ、それはひどいわね……さすがに私も引くわ……」

 苦労がわかるのか、英梨々が珍しく出海ちゃんに同情する。

「飲まず食わずでなんとか乗り切りましたが……」

「終わった時、倫也くんも出海ちゃんもその場で倒れて一日中寝てたよね」

「そうだな、恵が代わりにデータ送ってくれたから助かったけど……」

「おまけにそのあと、シナリオの挿入箇所まちがえてて、智也くんと出海ちゃん、日付が変わった瞬間の半日メンテナンスの間にその修正やってたよね。追加のライターとグラフィッカーが決まったの、初めてのイベントが開催される直前だったっけ?」

「いや、直後だよ……だから初回イベントは全部俺と出海ちゃんで乗り切った……」

「制作体制が整ってないのにイベントやるとか頭沸いてるとしか思えません……」

『あの時はタイミングが悪くて、マルズは別の作品にかかりっきりだったからね。でも彼らは、それで僕らに大きな”借り”ができてしまったわけだ。誰も予想してなかった事態が起きたからね』

 マルズ自体、ほとんど匙を投げた状態だったのに、いつまで開発延期するんだと怒り狂ってたユーザーが、新規グラフィックに釣られ、「そうか、この神ビジュアルのために公開延期したんだ……」と勝手に解釈して(実際は1週間ですべて片付けた)、そしていざプレイしてみたら繊細さや伏線を無視したコテコテ萌えシナリオが、どのキャラを選んでも辛すぎる展開になる原作シナリオと好対照で、「そう、これ、この馬鹿な感じ、これがほしかったんだよ、これが!」とオタクを歓喜させたとかなんとか。


『原作の人気が再燃して、アプリの収益もかなりのものになった。僕らの前作をマルズから出せたのはその借りのおかげだし、今回、霞詩子・柏木エリを抜擢できたのは、その借りのお釣りだよ』


『とはいえ流石に、あれほど大手の、しかも代表作の進行を延期してもらうってのは、その程度の借りだけじゃ、ちょっとできない。それに何より、朱音さんが納得しない。なにせ、僕たちに借りがあるのはマルズであって、朱音さんではないからだ』


『そこで交渉になったんだけど、まず、朱音さんが今年いっぱい、作品の大枠を作り、マルズはシステム面を詰める。そのうえで、こちらの作品での各自の仕事が終わり次第、マスターアップに必要な人材を除いて順次、僕たちみんなで、マルズの制作へ入ることになった』


「まあ、そうだよな……休みがなくて2人には悪いけれど……って、みんな、だって?」

『ああ、僕らのゲームが完成し次第、そのまますぐにマルズの新作タイトルへblessing softwareが協力することになった』

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