冴えない彼女の育て方 Fine. After

とうふ

第1話

「「「「「「かんぱ~~~〜~~い!!!!!!」」」」」」


 引っ越したて、真新しい部屋の中に、6人分の歓声が響く。


「おっつかれー!」

「おつかれさまです~」

「どうして会社じゃなくてこっち(新居)の鍵を持ってるのかぜひとも理由を訊きたいんだけど、とりあえずおつかれさま~」

 俺の労いと怒りを歯牙にも掛けず、何食わぬ顔で缶ビールを傾ける作画担当と音楽担当(委託)。

「ぷっはぁ~~。ビールおいしー!」

「はぁ~。このときのために生きてますよね」

「出海ちゃん、ちょっとおじさんぽい……」

 メンバーの中で一番若いはずの出海ちゃんに、恵がつっこみを入れる。

「おつかれさま」

「おっつかれ~」

「2人ともさっき喫茶店で打ち合わせしたばっかなのにどうして俺たちより先にこの部屋にいるのか不思議なんだけど、とりあずおつかれさま~」

 俺の労いと疑問をどこ吹く風で、何食わぬ顔で缶ビールを傾けるシナリオライター(委託)と原画(委託)。

「なーに小さいこと気にしてんのよ倫也。あたしたちを雇ったんならドンと構えなさいよ」

「そうよ倫理君。小さいことを気にするのは英梨々だけでいいの。あなたは私たちの雇用主、言うならば主従関係にあるのよ? ドンと構えて、雇い主であるのを良いことにとっても立派なアレで私たちを絶頂に導いてくれればいいの」

「立派な”企画(アレ)”で業界の”トップ(絶頂)”に導けば良いんだよね!?」

 大学卒業してから下ネタがさらに酷くなったなこの人は。

「そうよ、この変態根暗女の言う通り、雇用主なんだから。ドンと構えて、私たちに潰されないようにせいぜいあがきなさいよ。あ、これタクシーの領収書」

「ちょっとあんたらドッキリやるためだけに喫茶店からこの距離タクシーで来たの!?」

 しかも枯渇しつつあるうちの経費で落とそうとするとかどんだけ図太いんだよ。

 まあ世の中、信じられないようなことで経費請求してくる人、いっぱいいるけどね?

「冗談よ。今日は氷堂美智留に車出してもらったから」

「え、美智留が?」

「後輩に、ドタキャンしたギターの代打頼まれてさ~。それでちょーど車で近くまで来てたから、ついでにみんな乗っけてきたんだよね~」

「そ、そうか」

 なんかみんな、俺の知らないところで連絡取り合ってんだな。

 ひとに無断で上がり込むために。

「あ、これガソリン代の領収書」

「出しません!」

「え~、でも合宿なわけだし~必要経費よね~」

「いやいや呼んでないから! 結果的に合宿することにはなってるけど!」

 副社長のお許しをいただいて。

 っていうかほとんど喋らないなと思ってたらいつの間にかキッチンに移動してるよ恵。面子のせいか久々にステルス性能発揮してんな。

『いやぁ~、あいかわらずの雰囲気だねえ~』

「伊織……ってどこから!?」

 突如として部屋に響く、茶髪イケメンキャラに長髪要素が追加されたやつのどこまでも鼻につく声。

「あ、ここです。私のスマホで、今スカイプ繋いでます」

『せっかくの合宿だから、僕も参加したいと思ってね』

「なんだよ、だったら来ればいいじゃん」

 モニター越しでサッと前髪を払う伊織に、後ろで髪縛るタイプのキャラになってからさらに鼻につくようになったなこいつはと今更ながら思う。

『いやいや倫也君、僕はいま、新企画のスケジューリングと宣伝戦略を考えるのに忙しくてね。なにせ、Blessing software伝説の幕開けを飾った、柏木エリ、霞詩子との、7年ぶりの共作だよ? 控えめに言って、ギャルゲー業界では今年最大の事件さ』

 そんな大げさな。

 なんてことを、普段の俺だったら言ってるけど。今回ばっかりは、そんなこと、口が裂けたって言えない。

 それくらいの、自負はある。

「ああ、わかってる。なんせ、神ゲーになることまちがいなしだからな」

 そう、これは新たなる伝説の幕開け、ギャルゲー界をやがて席巻するであろう、俺たちblessing softwareの、新たなる伝説の、再びの幕開けなんだ……!!(?)

「どうかしらね。最強の絵師と最強のシナリオライターを組ませたって、元締めがダメなら意味はないわ」

「詩羽先輩……?」

「これは実際にあったことなんだけれど、あれはまだ劇場版をやっている頃だったかしらね、とある会社が今が旬のライターと絵師を起用したアプリゲームを作ろうとしてツイッターに散々広告を撒き散らして事前登録を募った挙句、公開直前になって延期を発表、続報も製作中止の発表もないままどう見ても消滅、って思ってたらほとぼりが冷めたころに案の定、製作中止発表っていう案件があってね」

「ちょっと待って、俺もその事の経緯はすっっっごく気になるけど色々問題あるからやめてっ」

「ま、あたしは戦闘画面の動画観た時点で切ってたけどね。そもそも人選があざとすぎるのよ、いくら映画化したからって世界観設定にガールズ&パ……」

「あーっ、あーっ、あーあー!! 聞こえない! 聞かない! 追加でビールいる人ー!?」

「は~い、あたしもらう~」

 内情知らないのに叩くのは良くない、良くないけどさ、それでも、めっちゃ期待して事前登録した身としては、やっぱ、くやしい、でも感じ……ってもうこの流れやるの古いね?

「それにしても二人共、出世したよね~」

 俺が渡したビールの栓を開けながら、美智留が能天気にいう。

「2人とも、今やオタク業界だけじゃなくて、一般人でも知ってるくらい超売れっ子作家じゃん。N○K朝ドラの若手の女優さん使ってさ、実写になった、あれ、『なんとかにならないなんとかへ~』みたいなのが超流行ったじゃん。もう、2人とも超ウハウハっていうかさ」

 『世界で一番大切な、私のものじゃない君へ』、な。

 適当すぎんだろ美智留……。

「……私たちが関わったのは劇場アニメ版の方で、実写版の方は挨拶だけでまったく携わってないのだけれど」

「その代わりアニメ版は、あたしたちがしっかり監修したわ。そりゃもう大変だったんだから!」

「あれ? でも、トモから聞いたんだけど、あの作品のメディアミックスで一番人気が出たのって、実写版じゃ……」

『氷堂さん』

 ミシッ。

 と、詩羽先輩と英梨々の周囲の空気が軋んだような音がしたと同時に、出海ちゃんのスマホから真剣な伊織の声がした。

『それ以上は、いけない』

「ぐっ……う……あたしたちの……古傷を……!」

「○ねばいいのに……調子が良いだけしか取り柄のないタ○○シ×チ×プロデューサーが……!」

 しまった、美智留が地雷を踏み抜いてしまった……。

「お、俺は劇場アニメ版めっちゃ好きだよ! マジで作画神がかってたし、声優さんの気持ち乗りすぎだし!」

 たはは~、ごめんねあとよろしく~、と手洗いに立った美智留のフォローをすべく、俺はちょっと暑苦しいくらいに、『世界で一番大切な、私のものじゃない君へ』の劇場アニメ版について語る。

「ストーリーのまとめ方が絶妙で、アニメ版しか観てないユーザーのために原作の重要なシーンを大胆に削っているにもかかわらず、大筋はまったく変わってなくて、たった2時間で原作の美味しいところをこれでもかってくらい詰め込んでてっ。そして、随所に光る霞詩子節! もう、7週連続で特典が変わるうえに色紙に至ってはランダム3種とかでいったい何回観ればコンプできるのさっていう商売っ気丸出しの鬼畜仕様だったけど、ほんと、大満足でした!」

「あ~、みんな連れて行かれましたね~」

『もちろん2人の作品の映画化だから、もともと、観る予定ではあったけれどね』

「まさか4回も観ることになるとは思わなかったけどね~」

「俺は15回は観てるぞ? なのにっ、」

 と、俺はつい、喉が詰まってしまう。

「7周目だけ、めちゃくちゃ早く特典がなくなってて、映画版のメインヒロインの色紙がメ○カリで8,000円越えの値段ついてて……! 俺、Blessing software商業化の挨拶回りとか手続きとかで忙しくて、特典切り替わるタイミングで行けなくて……でも他の週では5日経っても余裕で特典あったから、大丈夫だろって安心して映画館に行ったら、もう、特典の色紙も、アフター小説も、なくなっ、て、て…………うあぁぁぁあああああああああ!」

 俺は当時のトラウマに胸をかき乱され、頭を抱えてのたうちまわる。

「それでも、俺、転売屋からは絶対買いたくないから、知り合いのツテで手に入れようとして、そしたらどいつもこいつも『神棚に飾るから渡せない』だの、『リアル彼女のいるお前には不相応』だの。喜彦のやつうううう!!!」

 喜彦って誰かって?

 ほら、劇場版では1コマも出てこなかった代わりに、神(原作者)のお慈悲で特典小説2周目にちょっとだけ出てきた元クラスメイトだよ。

 なぜか声優さんめちゃくちゃ豪華だよね。

「なんだ、色紙くらい、言ってくれればあげたのに」

「私も、小説の原稿ならいつでも読ませてあげたわよ」

「いや、クリエイター本人にもらうのは反則かなって……」

 ぶっちゃけ「頼む! 一生のお願いだから!!」っていう文面をスマホに打ち込んで、送信ボタンに手を触れようとしてはスマホを投げ捨てる、ってのを20回くらいやったけどな……。

「別に気にしなくていいのに。さすがに、あの特典のえげつなさに関してはあたしですらどうかと思うし……」

「それはクリエイターには一切責任ないから……偉い人の責任だから……」

 ほんとにこの特典商法を思いついた人、人間の血が通っているとは思えない。

「じゃ、結局あんた、特典手に入れられなかったの?」

「あー、いや、、、」

 あの日。

 特典を手に入れられなくて絶望してのたうちまわってた俺が、涙も枯れ果てた頃。

 「はい、これ」と、向かいの席でスマホをいじりながらお茶を飲んでたカフェの客Aみたいなのが、超フラットな感じでプレゼントしてくれた。

「……ふ~~~ん…………(あんたそういうとこよ恵)…………」

「……そう。散々私たちの仕事を褒めちぎるフリをして、結局は、ただの長い長いノロけ話をしたかっただけということね……」

「い、いや……」

「ねえ、こんなつまらない話しかできないクソ三流シナリオライターと組むとか、私たちのキャリアへ傷がつくわよね?」

「そうね、これはもうお断りを入れるしかないのかしら……どうしてもと言うなら、契約料をもう300万ずつ上乗せで……」

「ちょ、ちょっと2人とも!?」

 冗談やめてよ……。

 冗談じゃない目してるけど……。

「そ、そうだ」

 俺は話題を変えようと立ち上がり、

「2人とも、『せかきみ』の生産限定版Blu-rayボックスにサインを……」

 そのまま、固まってしまう。

「……あ」

「どうしたのよ、智也?」

「…………んだ……」

「え?」

「…………ない……んだ…………」

「……え?」

「Blu-rayボックス…………ない……んだ…………」

「はああ!?」

 霞詩子&柏木エリ、最強タッグ初の、劇場版アニメ。

 その、記念すべきBlu-rayボックスが……。

「ちょっと智也、あんたさっきまであんなにべた褒めしといて、なに、Blu-ray買ってないの!? あんた、散々あたしたちの信者だって豪語してたくせに!!」

「い、いや……」

 俺はつう、と流れてくる冷たい汗を拭いながら、必死に弁明をする。

「買った、買ったんだよ……なんなら保存用と観賞用と布教用と特典狙いで5つ買った……でも……」

 蘇る、真夏の悪夢。

 俺は現実から目を背けたくて、窓の外を見た。


 ああ――気がつかなかった。

 今夜はこんなにも

 月が、綺麗――――――だ――――――


 ……あ、わからない人は気にしないでください。


 じゃなくて。

「ほんっっっっとごめん! 引越しのときに部屋にあったグッズ売ろうとしたんだけど、あんまり量が多すぎてさ、ほんとにレアなもの以外は出張買取に頼んだんだけど、そしたら避難させてた『せかきみ』のBlu-rayボックスまでもってっちゃって!」

 避難させたもの一式を、段ボールにまとめて入れてた俺も悪いのかもしれないけど……。

「でも買取前に、商品の確認するわよね?」

「いや、あのとき夏コミで忙しかったから、親に任せてそのまんまで……」

「自分のオタグッズの処分を親に任せるとか……じ、じゃあ、あの玄関に飾ってあったウン万はしそうなフィギュアはなんなわけ!」

「あ、あれは! 半年くらい前の受注生産のやつが、今ごろ届いただけだから!」

 劇場版で一瞬しか映ってなかったのによく気づいたな。

「いや、ほんっとごめん、買い戻すっていうか買い直すつもりだったんだけど……ちょっと……金欠で……」

 どこへ焦点をあてたらいいかわからずに視線を彷徨わせると、キッチンから戻ってきて途中から事の成り行きを眺めていた恵と、ばっちり目があって……しかも、事情を察した恵が、照れたようにうつむいて、薬指のそれをもじもじといじりだして……。

「ちょ、ちょっと智也、どういう……」

「…………そう、そうなのね倫理君。私たちの作品の、初めての劇場アニメ版のBlu-rayは……加藤さんの、その左手の薬指についている金属の輪っかになってしまったのね……もう私達は、過去の女……使用済みのティッシュペーパーということなのね……」

「え……? 恵の薬指のって…………え、……………………あ」

 どうやらそれ(指輪)に気づいたらしい英梨々が、ピタッと動きを止め……

「ああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?」

「ちょ、ちょっと英梨々、声でかいって!」

「あああたあた、あたあタアタ、アタタタタタタタタタタタタタ!?!!!?!!!?」

 固まったまま、世紀末覇者みたいなことを叫びだした。

「……あなたたち、いつの間に、婚約したのかしら?」

「ええと、ついひと月ほど前に……ま、まだ籍はいれてないんだけど……」

「で、ででんも、でででってぃう!!!!」

「でも、ぜんぜん聞いてないのだけれど、いきなりどうしたの? あと英梨々は少し落ち着きなさい」

「う、うううるさいわね霞ヶ丘詩羽っ」

 なんかこの流れどっかで見たような……。

「ていうかあなた、倫理君と加藤さんが同棲し始めたことは知っていたわけでしょう? 優柔不断チキン野郎の倫理君と、付かず離れずの生殺しが好きなくせに根が深くて執念深い加藤さんが同棲を決めたんだったら、そりゃ婚約くらい、別に不思議じゃないでしょうに」

「で、でも、でもっ……!」

「はあ……あなたってほんとに昔から、こういうことにかけてはそこの難聴系超鈍感主人公のクソ倫理君並みに鈍くて見苦しいわね。だいたい、婚約くらいなんだっていうのよ? むしろ婚約してからがNTRの本番でしょう?」

「ね、ねとねちょねちょねちょっ……!」

「英梨々、R18のヤバい効果音みたいになってるから落ち着け。あと詩羽先輩、婚約したての俺らの前でそれ(NTR)言うのどうかってのと、今、さらっと、クソ倫理って言わなかった……?」

「あら、ごめんなさいねクソ君」

「倫理の方がなくなった!?」

 ヒドいときでも、不倫理君か絶倫理君だったのに……。

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