第54話

 (※ウィリアム王子視点)


 私は兵たちに押さえられ、床に這いつくばってヘレンとエマの話を聞いていた。


 いったい、なんなんだ、これは……。

 ヘレンが、兵に連行されて行く……。

 私は、彼女の方を見た。

 彼女も、私の視線に気づいたのか、こちらを見た。

 私は思わず、目を逸らした。


「それでは私たちは、これで失礼します」


 用は終わったので、兵たちは私から離れて、エマと共に引き上げて行く。

 私は一人、床に倒れたまま、部屋に残されていた。

 兵たちの拘束は解けたので、もう、動くことができる。

 しかし私は、そのまま動くことができなかった。

 恐ろしくて、まだ体が震えている……。


 まさか、ヘレンが、人殺しだったなんて……。


 明かされたその事実に、私は恐怖を感じていた。

 私はずっと、人殺しと一緒にいたのか……。

 そんな素振り、少しも見せなかったのに……。

 

 なんて恐ろしい女なんだ……。


 人を殺したその手で、私に触れていたのか。

 母親の死には、彼女は触れてほしそうになかった。 

 だから私も今まで、そのことには触れないようにしていた。

 でも、もし、母親の話を掘り下げ、私が少しでも異変に気付いていたら……。


 まさか、その時は私も殺されて……。


 考えただけで、恐ろしかった。

 そんな恐ろしい存在が今まですぐ近くにいたなんて……。

 今私が生きているのは、たまたま彼女が人殺しだと気付かなかったからだ。


 私のあの時の決断のことを、後悔していた……。


 陛下に迫られ、厳しく教育されて王族として生きていくか、ヘレンと共に平民に下るかを選ばなければならなかった。。

 私は、何もかも犠牲にして、ヘレンと共にいることを選んだ。

 しかしそれは、彼女が人殺しなんて知らなかったからだ……。

 もしそうだとわかっていれば、平民なんてなりたくなかった。

 

 あの時、ヘレンのことを切り捨てておけばよかった……。

 それなら、今頃私は王宮で優雅に暮らしていたかもしれない。

 しかし、もう、あの時には戻れない……。


 請求書が届いた。


 なんのことだろう、と思ったが、私がボヤ騒ぎを起こしてしまった時のことだった。

 そうだ……、あれから結局、私の復帰を望む声は届いていない。

 請求書に記されている額は、王宮を出る時に渡されたわずかな財産が、ちょうどなくなるくらいの額だった。


 どうして、こんなことに……。


 そもそも、ヘレンと一緒だったから、平民になってもなんとかやってこられた。

 それなのに……、彼女は私の元からいなくなった。

 最悪な裏切り方をして……。


 もう私には、生きる希望がなかった……。


 そうだ、また料理でも作ろう……。

 あの時は、酒を振りかけたら炎が上がって、綺麗だった。

 ゆらゆらと揺れている炎は、私の心を少し落ち着かせた。


 もう、何も考えたくない……。


 私は炎を見ながら、今までの人生を振り返っていた。

 いったい、どこで間違えたのだろう……。

 いや、そんなことは、もうどうでもいい。

 考えたところで、ため息が出るだけだ。


 何も考えず、目の前で揺れている炎を、じっと眺めていよう……。

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