第43話
(※ヘレン視点)
私は料理の準備をしながら、殿下が帰ってくるのを待っていた。
料理は、少しだけ、ほんの少しだけしたことがある。
お父様が使用人を全員首にしてからは、ほとんどお姉さまが家事をしていた。
お母様も、時々していた。
私は、何度かやったことがある程度だ。
まずは、買い物をするのが最初の試練だった。
どこに何の食材があるのか把握していないし、その食材にしても、どれくらいの量が必要なのか、全然わからなかった。
それでも何とか買い物を終えて帰宅し、こうして現在、料理を作っているというわけだ。
殿下は、喜んでくれるかしら……。
自分一人で料理を作るのは、初めての経験だ。
今までは、お母様かお姉さまが作っているのを手伝う程度だった。
私の料理の腕前は、未知数である。
でもきっと、美味しい料理が作れるわ。
そんな予感がしていた。
どんな味に仕上がるのか気になったけれど、味見はしなかった。
私の初めての料理の味は、殿下と一緒に分かち合いたかったから。
殿下、きっと喜んでくれるだろうな……。
殿下が喜ぶ様を想像しながら、私は調理を続けた。
*
(※ウィリアム視点)
なぜ、料理を作らせてもらえないんだ……。
ついに私の真価を発揮する時が来たと思ったら、私の役割は、なんと皿洗いだった。
今まで様々な高級料理を食べてきた私なら、作る側に回っても、それなりのものを作ることができると思っていたが、まさか皿洗いだとは……。
人が食べた料理の皿を洗うなんて、最悪だった。
何たる屈辱だ。
こんなもの、平民にやらせておけばいいだろう……。
いや……、そうだ、私がまさに、その平民なのだ。
どうしても、今までの贅沢で楽な暮らしが頭をよぎる。
そして、現実を認識するたびに、大きなため息が出るのだ。
私は嫌々、皿洗いをし始めた。
どうして私が、こんなことをしなければならないんだ……。
しかし、こんなことでも、今の私はしなければならない。
そうしなければ、金を得ることができないからだ。
そうだ、金のことを考えれば、嫌なことでもやるしかないと思えてくる。
私は皿を洗うたびに金持ちになっているのだと思えば、心なしか、少し楽しくなってきた。
なるほど、これが仕事というものか……。
自分の時間や労力を差し出し、その対価に賃金を得る。
今まで経験したことがなかったが、なかなか心が躍る体験……、でもないな……、やらなければいけないからやっているだけで、できればこんなこと、やりたくない。
平民は毎日、こんなことをしているのか……。
そして、平民となった私は、毎日こんなことをしなくてはならないのか……。
「おい、何をしているんだ、それは……」
店主が驚いた顔をしながら話しかけてきた。
なんだ?
王族だったから、皿洗いもろくにできないとでも思っていたのか?
舐められたものだな。
私だって、皿洗いくらいはできる。
初めてでこれだけの数の皿洗いをてきぱきとこなせるのだから、これからはさらに洗練された動きによって、一秒に一枚は洗えるほどに成長できる自信がある。
「何をやっているんだ! 貴様は! 皿に水をつけるだけでは、皿洗いとは言えないんだ! そんなこともわからないのか!?」
「な、何を言っているんだ? 皿洗いなんだから、水で洗うのが、普通だろう?」
「洗剤をつけろよ! 皿を水に少し濡らしただけでは、皿洗いとは言わないんだ! この馬鹿王子!」
「せ、洗剤だと? そんなものをつけたら、私の手が泡で汚れてしまうではないか……」
「お前の手なんて、どうでもいいんだ! 洗剤をつけないと、皿を綺麗にならないんだよ! 全部、やり直しだ!」
「そ、そんな……」
なんてことだ……。
全部やり直しだと?
せっかく洗ったのに、なんて仕打ちだ。
こんな理不尽なことを言う奴に、私は毎日こき使われるのか……。
それに、私の我慢もそろそろ限界だった。
平民の分際で、私に怒鳴り散らし、指図までするとは、何様のつもりだ?
よし、次に私に偉そうな態度をとったら、こちらも出方を考えよう……。
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