第38話
(※アンドレ視点)
「それでは、私の脱獄と、その脱獄に協力してくれた誠実で勇敢な英雄に、乾杯!」
私は彼女とグラスを合わせた。
ここは、王宮から遠く離れた町だ。
計画は、最初にバレるかどうかが、重要だった。
そして、彼女の考えた計画は、殿下たちに見抜かれることはなかった。
たぶん、今頃脱獄したことに気付いているだろうけれど、既に手遅れだ。
兵たちに捜索させているとしても、ここまで捜索の範囲が広がるのには、かなり時間がかかる。
私たちは、その頃にはもちろん、ここを離れるつもりだ。
理不尽な処刑から逃れる彼女の計画は、見事に成功した。
私は、とりあえず彼女の無事が確保されたことに、胸をなでおろしていた。
「さあさあ、アンドレさんも、遠慮せずに、どんどん食べてください」
彼女が笑顔をこちらに向けながら言った。
私は彼女の言う通り、料理を食べ始めた。
この宿屋は、夜食を提供してくれるサービスがあったので、それらを部屋に持ってきてもらって、こうして現在、脱獄のお祝いをしている。
とりあえず今は、この時間を楽しもうと思った。
「ねえ、アンドレさん、私が寝ていた間、どんな感じだったんですか? 教えてくださいよ」
彼女の顔は、赤くなっている。
ワインを飲んだせいだろう。
私もワインを一口飲んだ。
「ええ、そうですね……、ほとんど、計画通りに進みましたよ。私も本気で驚いている演技をしましたから、みんな騙されていましたね。殿下なんて、エマ様を見て、かなり驚いていましたよ。あの表情を見て、完璧に騙せていると、私は確信しました」
「その表情、見てみたかったですねぇ。まあ、見たら間違いなく笑っちゃうから、睡眠薬で眠っていたわけですけれど」
「ああ、でも、予想外のことも起きましたよ」
私は、脱獄の際に、一番焦った時のことを思い出していた。
「え、なんですか? 私が眠っている間に、アクシデントが起きていたのですか? 教えてくださいよ。どんなアクシデントだったのですか? アンドレさんはそれを、どうやって切り抜けたのですか?」
「ええ、実はですね……、倒れている貴女を抱えようとした時、周りに蟻が数匹うろうろしていたのです」
「あらら……、蟻ってどこにでもいるんですね。シロップの匂いにつられてやって来たわけですか……」
「ええ、そうなんですよ。あの時は、焦りましたね。ただでさえ虫が苦手ですから、驚きましたし、何より、シロップのことがバレるのではないかと思って、冷や汗をかきましたよ」
「それは、さすがに焦りますねぇ。よく、その状況を切り抜けましたね」
「ええ、動揺を顔に出さないように、必死でしたよ。いつまでもその場に留まっているわけにもいきませんから、勇気を振り絞って、虫の近くに手を伸ばして貴女を抱えて、牢獄から出たのです」
「さすがアンドレさんですね。そんな状況でも、偽装を悟られなかったのは、すごいです。私が今こうして美味しい料理を食べているのも、アンドレさんのおかげです。改めて、ありがとうございました」
彼女は頭を下げ、笑顔を私に向けた。
*
(※ウィリアム王子視点)
「脱獄……」
まさか、こんなことになるなんて……。
エマは、処刑から逃れるために、あの世に旅立ったのだと思っていた。
しかし実際には、脱獄して、この王宮から旅立っていたのだ。
私はまんまと、彼女に出し抜かれたわけか……。
「くそっ! やられた! まさか、エマごときに出し抜かれるとは!」
私は苛立ちや怒りを吐き出すように叫んだ。
多少は、気分が落ち着いたかもしれない。
しかし、気分が落ち着いたところで、エマに逃げられたという状況は変わらない。
なんとかして、彼女を見つけ出さなければ……。
しかし、彼女がこの牢獄から出て、かなりの時間が経過している。
これだけの時間があれば、どこへでも逃げられる。
当然、捜索範囲は、途方もない広さになる。
彼女を見つけることが困難なのは自明だった。
私は、どうすればいいんだ……。
「殿下、緊急の連絡です」
一人の兵がやってきた。
「なんだ、今は忙しいんだ。あとにしてくれ」
「いえ、あの、すぐに呼び出してほしいと言われていまして……」
「来客か? 誰だ、そんな調子に乗ったことを言っているのは……。この私に用があるなら、アポを取ってからにしろと伝えておけ」
「いえ、あの……、国王陛下です」
「……は?」
兵の言葉を聞いて、思わず間抜けな声が出た。
「殿下を呼び出しているのは、国王陛下です。今すぐ、来いとのことです」
いつの間にか、私の額からは汗が噴き出ていた……。
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