第33話
殿下が私の部屋にやってきた。
ヘレンのなりすましが発覚し、私が本物のエマだと分かってから殿下に会うのは、これが初めてだった。
殿下は、暗い表情だった。
目元は少し赤くなっている。
「エマ……」
確かに殿下は、私のことをそう呼んだ。
「なんでしょうか、殿下」
暗い表情のままの彼に、私は言葉をかけた。
「エマ……、本当にすまなかった。まさか、君の方が、本当のエマだったなんて……。そんなこと、今までまったく思わなかったよ。まさか私の婚約者が、成りすましの偽物だったなんて、本当に驚いている。それに、ショックだよ。私は確かに婚約者を……、ヘレンを愛していた。しかし、ずっと嘘をついていたなんて、ひどい裏切りだ。ショックで、私の心は張り裂けそうだよ。もちろん、彼女には別れを告げた。あんな裏切りにあっても許すなんて、私にはできない」
「愛する者に裏切られるのは、確かにショックですね……」
「あぁ、私のこの気持ちををわかってくれるのか……。そうだ、エマ。君に伝えなくてはならないことがある」
「なんでしょう?」
「私が君に縁談を持ち掛けたのは、君のことが好きだからだ。ヘレンが成りすましをしたせいで、ずいぶんと遠回りしてしまったけれど、改めて、私と婚約しよう」
「殿下……、ようやく、この時が来たのですね……」
さっきまで暗かった殿下の表情は、今は元に戻っていた。
むしろ、明るいとさえ思える。
そんな殿下の明るい表情が、段々と私に近づいてくる。
殿下の唇が、私の唇に触れ……、る前に、思いっきりビンタをお見舞いした。
「あぁああ!! 痛い! 何をするんだ、エマ! 仲直りのキスまであともう少しだったのに!」
「殿下! 頭おかしいのですか!? あなたは、人の気持ちを考えたことが、本当にあるのですか!?」
私は叫んだ。
茶番に付き合うのはもうここまで。
私は今まで我慢していたものを、抑えることができなかった。
「私がいったい、どんな気持ちだったと思っているのですか! 本物だと誰にも信じてもらえず、悪者扱いですよ! それに殿下、さっきなんて言いました? 君の方が本物のエマだったなんて、今までまったく思わなかったですって!? 私、何度も言いましたよ! 私が、本物のエマだって! その言葉を信じなかったのは、殿下、あなたでしょう!? それなのに、今更手のひら返して、なんのつもりですか! 私はあなたのことなんて、まったく好きではありません!」
あぁ、言えた……。
今までため込んでいた分を、全部吐き出すことができた。
「そ、そんな……。私はきちんと、謝っただろう? そんな私の好きという気持ちに、応えられないというのか?」
殿下は声を震わせながら言った。
「当然です! 何もかも、遅いです! 私はあなたに失望しました! 正直、顔を見るのも嫌です! あれだけ信じてと言った私の言葉を無視したあなたに好かれても、全然嬉しくありません! 私は、私を信じてくれた人と一緒になりたいと思っていますので、早くここから出してください」
「……はあ!? 信じてくれた人? 男か? それは男なのか?」
「え、な、なんですか、急に。男ですよ。誰も信じてくれない中、たった一人だけ、その人だけは、私のことを信じてくれました。それが私にとってどれほどの救いだったか、人の気持ちも考えられないあなたには、想像もつかないでしょう」
「お、おい、何を顔を赤らめているんだ! そいつのことを考えているのか? 許さないぞ! 私というものがありながら、そんなの、浮気だ!」
「はあ? 浮気? 何を言っているのですか。殿下、あなたは赤の他人です。浮気もなにもないでしょう。いいから、早くここから出してください」
「あ……、赤の他人……、だと!? ゆ、許さない……、許さないぞ! エマ! この私を振るなんて、絶対に許せない! 私のものにならないのなら、お前は死刑だ! せっかく牢獄から出してやろうとしたが、やめだ! 私に恥をかかせたことを後悔しながら、死を迎えろ!」
殿下は涙と鼻水を流しながら、震える声でそう言った。
「そんな……」
牢獄生活も終わりだと思っていたのに、どうしてこんなことになったのでしょうか……。
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