第32話

 (※ヘレン視点)


 彼から放たれた言葉は、信じられないものだった。


「エマ! いや、ヘレン! いったい君は、何を考えているんだ!? 姉に成りすまして、私と婚約するなんて、信じられない! 私を今まで、騙していたのか!」


 殿下は、今までに見たことがないほど怒っていた。

 私のことを、愛してくれているのではなかったの?

 確かに嘘をついたのは悪かったけれど、心のどこかでは、許してもらえると思っていた。

 それがまさか、こんなに怒るなんて……。


「あの、聞いてください。確かに私は、嘘をつきました。それは、許されないことです。でも、殿下、私たちは、愛し合っていたではありませんか。こんなことで私たちの関係が終わるなんて嫌です! お互い水に流して、これからまた、再出発しましょう」


「ふざけるな! 許せるわけがないだろう! 確かに私は君を愛していた! しかし、だからこそ、こんな大事なことを黙っていて、私を騙したという裏切りが許せないんだ! それに、お互い水に流しましょうだと!? 水に流してやるのは、私の方だけだ! 私が君に何かしたか!?」


「確かにそうですね、すいません……。でも、私が殿下を愛しているのは本当なんです! 確かに嘘をついてしまったのは、申し訳ないと思っています! でも、すべては、愛ゆえの行動なのです! どうか、許してください! そして、今度はヘレンとして、私のことを愛してください!」


「いい加減にしろ! 君は、どれだけ自分のことしか考えていないんだ! 私の気持ちにもなってみろ! こんな裏切りは、到底許すことはできない! エマ! いや、ヘレン! 君との婚約は、破棄する!」


「そ、そんな……」


 私は膝から崩れ落ちた。

 婚約破棄ですって?

 そんな、そんなことって……。

 こんなの、あまりにひどい仕打ちだわ……。


 今までの私の頑張りは、なんだったのよ……。

 殿下にバレないように、必死にお姉さまのふりをした。

 そうして手に入れた殿下との幸せな生活は、本当に楽しかった。

 そして、その生活を維持するために私は……。


 私のしてきたことが、すべて無駄になってしまうの?

 どうして、こんなことに……。

 私はうつむき、涙を流していた。


 今までの優しい殿下なら、泣いている私に慰めの言葉をかけてくれた。

 でも、今の殿下は、私に何も言ってくれなかった。

 すでに私のことなど、眼中にないようだ。


「殿下、お願いですから、許してください……」


 私は震える声で、殿下に懇願した。

 しかし、彼は私の方を見ようともしない。

 そして、私に言葉をかけることもなく、どこかへ去ってしまった。


 どうして、こんなことになってしまったのよ……。


     *


 (ウィリアム王子視点)


 私は、ある場所に向かって歩いていた。


 なんてことだ……、まさか、エマの正体が、姉に成りすましていたヘレンだったなんて……。

 彼女はずっと、私に嘘をつき続けていたのか……。

 確かに私は、彼女のことを愛していた。

 しかし、こんな裏切りを知って、それでも彼女を愛するなんて不可能だった。


 それに、私の婚約者がヘレンだったということは、牢獄にいる彼女こそが、私が本来婚約しようとしていたエマだということだ。


 私は、一刻も早く、彼女に会いたかった。

 会って、彼女に謝りたかった。

 そして、裏切りに会って傷ついた私を、慰めてほしい。


 エマならきっと、私に優しい言葉をかけてくれる。

 そして、その時に、私の長年の想いを伝えるんだ。

 ついに、エマのいる牢獄に到着した。


 ずいぶんと遠回りをしてしまったが、私の想いを、エマなら受け入れてくれるはずだ……。

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