第24話

 私は部屋の中で一人、考えていた。


 ヘレンかお父様が真犯人の可能性が高い。

 そう考えた時、不思議と納得していた。

 この私の考えが正しければ、お母様がこのタイミングで殺されたことにも、一応の説明がつく。


 おそらく動機は、意見の不一致だ。

 もちろんそれは、あの三人が抱えている秘密のことについてである。

 ヘレンを私に成りすますことで、王子と婚約しているけれど、その秘密が明るみに出るかもしれないと思い始めたのだろう。


 だからお母様が、自白すれば罪が軽くなるかもしれないとでも、言い出したといったところか。

 それで、黙っていれば大丈夫という側と、バレる前に自白して、罪を軽くしようという側に分かれたに違いない。

 もしお父様が犯人だった場合、捕まったとしても、ヘレンのことを話すだろうか……。


 溺愛するヘレンの秘密を守るために、お母様を殺した動機を偽る可能性もある。

 口だけなら、夫婦喧嘩とでも何とでも言える。

 そして、それが本当のことなのかは証明することができない。

 つまり、捕まったとしてもお父様が口を割らなければ、ヘレンが成りすましの偽物だという真実は明るみに出ない。


 それは、私にとっても都合が悪い。

 仮にお父様の方が犯人だったとして、お父様は捕まったら、簡単に口を割るのかしら……。


     *


 (※父親視点)


「はあ……、はあ……」


 私は必死に走っていた。

 しかし、追いかけてくる兵との距離は、縮まる一方だった。

 このままでは、捕まるのも時間の問題だ。


 私は長い階段を降り始めた。

 降りながら後ろを振り返ると、兵たちとの距離はさらに縮まっていた。

 恐怖で体が震えそうだ。

 捕まれば、私には処罰が下される。

 それだけは、絶対に御免だった。


 階段を下りながら、うしろを向いたのがいけなかった。

 私は足を滑らせ、勢いよく階段から落ちていった。

 勢いは止まらず、一番下まで階段を転げ落ち、私は地面に倒れていた。


「うぅ……」


 体中が痛い。

 慣れない運動をしたせいだけではない。

 長い階段から転げ落ちた時に、体のあちこちを地面に打ち付けていた。

 しかし私は、必死に立ち上がった。

 痛みに悲鳴を上げている暇はない。

 今はとにかく、兵たちから逃げなければならない。


 不幸中の幸いというべきか、長い階段を勢いよく転がり落ちたことによって、兵たちとの距離は少し広がっている。

 私はまた走って逃げ始めようとした。

 しかし、それはできなかった。

 階段から落ちた時、足をひねっていたようだ。

 走るなんて、とても無理だ。

 歩くだけで、激痛が走る。


 私は周りを見渡した。

 普通に逃げたのでは、いずれ捕まってしまう。

 そうだ、あそこに逃げよう!

 

 私の目に飛び込んできたのは、広い森だった。

 そこは、凶器の銃や金品を捨てた森だった。

 この森は広いから、走れなくても、木に隠れながら逃げれば、見つからないはずだ。

 私は足を引きずりながら、森の中に入った。

 

 兵たちはまだ、階段の半分を降りたところだった。

 私は木の陰に隠れながら、さらに森の奥へと進んだ。

 うしろを振り返っても、兵の姿は見えない。

 それは、見えないほど距離が離れたからではなく、何本もある木で見えないせいだ。


 森の中は暗くて視界が悪い。

 近くが何とか見える程度である。

 しかしそれでも、私は必死で兵から逃げていた。

 うしろからは、たくさんの兵たちの声が聞こえる。

 しかし、彼らは私の正確な居場所はわからなくなっているはずだ。


 少し、休憩しよう。

 もう、動くことができない。

 ずっと走っていて疲れたし、階段から落ちたせいで、体中が痛い。

 私は木に背を預けて座った。

 頭が、ぼんやりとする。

 気を抜くと、意識を失いそうだった。


 どうしてこんなことになったんだ……。

 私はただ、ヘレンの幸せな姿を見たかっただけなのに……。

 それがまさか、こんなことになるなんて……。

 

「やっと見つけましたよ」


 意識が朦朧としていた私は、その声に驚いた。

 顔を上げると、目の前にはたくさんの兵がいた。

 私は恐怖で、動くことができなかった。


「あなたを逮捕します」


 私は、とうとう捕まってしまった。

 どうしてこんなことに……。

 私は人生の選択肢を、どこで間違えたのだろう……。

 捕まってしまった私は、そのまま連行された。

 そして、取り調べを受けることになった。


 取り調べをしている兵は、アンドレと名乗った。

 そして彼からは、ある事実が告げられた。


「実はさっき貴方が逃げた森で、銃と金品をいくつか見つけました。あなたが逃げていた獣道の近くにありました」

 

 しまった……。

 つい、銃を捨てた時に通った道と同じ道を通ってしまった。

 森は暗くて視界が悪かった。

 だから、一度通った道なら慣れているから、暗くても迷わず進める。

 そう判断したのが、裏目に出てしまった……。


 それに、兵たちはどうやって、私を見つけたんだ?

 あんなに広い森で私を見つけるなんて、不可能だと思っていたのに……。

 私はその疑問を、彼にぶつけてみた。


「それなら簡単なことですよ。血の跡を追跡したのです。貴方は階段から落ちたせいで、かなり出血していましたからね」


 そうか……、結局どうあがいても、私は捕まる運命だったということか。


「現在、あなたから採取した指紋と、銃についていた指紋を照合しています。まあ、おそらく一致するでしょうね」


 私は兵のその言葉に、絶望していた。

 指紋が一致することは、私が一番よくわかっている。

 証拠もでれば、私が妻を殺したことが確定する。

 私は人殺しとして、裁かれることになるのか……。

 しかしそこで、あることを思い付いた。


 王子を騙している件は、まだバレていない。

 私は今のところ、妻を殺した動機を黙っている。

 それは、動機を話せば、ヘレンが成りすましの偽物だとバレてしまうからだ。

 そして、そのことを自白すれば、少しは罪を軽くしてもらえるかもしれない。


 しかし、自分の罪を軽くしてもらうために、愛するヘレンを売るなんて……。

 自分とヘレンを天秤にかけるなんて、今まで考えたこともなかった。

 私は、決断しなければならない。


 減刑してもらうために、ヘレンを売るのか、それとも……。

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