第23話

 (※アンドレ視点)


「偽装工作、ですか……」


 私は呟いた。

 確かに、そう結論づけるのが妥当だ。

 資料を読んで少し考えただけで、その結論にたどり着けるなんて……、私より何倍も頭の回転が速い。

 私は感嘆のため息を漏らしていた。


「そして、強盗の犯行に見せかけた、つまり、外部犯の仕業のように見せかけたということは、真犯人は、内部の人間です。つまり、ヘレンかお父様が、真犯人です」


「す、すぐに調べてみます! ご協力、ありがとうございました!」


 私は彼女に礼を言って、彼女の部屋、否、牢獄から出た。

 そして、すぐに現場へ向かった。

 そこで数人の部下とともに、思い当たることを捜査し始めた。

 あの家には、登録された銃はなかった。

 つまり、犯行に使った銃は、どこかで違法に入手したということだ。


 金さえ出せば、手に入れるのはそう難しくはない。

 その手の取引をしている場所にも、いくつか心当たりがある。

 そして、私はすぐに、銃の売人を見つけることができた。

 部下と協力して、逃げようとした売人を逮捕した。


 彼を取調室に連れ帰り、事情を聴いた。

 最近銃を売った人物を吐けば、司法取引の用意があることも伝えた。

 すると彼は、あっさりと取引に応じた。

 まあ、所詮は金だけの関係なので、売人と客の間には、友情や義理などというものは存在しない。

 取引を持ち掛ければ、あっさりと秘密を吐くものなのだ。


 私は、写真で面通しを行うことにした。

 十枚の写真を用意して、それを売人に見せた。

 その十枚の写真のうち、二枚はエマと彼女の父親のものだ。

 売人は、その十枚の写真を、数秒眺めた。


 そしてすぐに、エマの父親の写真を指差したのだった。


「おれが銃を売ったのは、こいつだ」


 売人は確かにそう言った。

 つまり犯人は、被害者の夫だったということだ。

 強盗の仕業だと思っていたが、まさか夫だったとは……。


 これもすべて、彼女のおかげだ。

 我々は偽装工作に騙され、もう少しで全然見当違いの調査をする羽目になりそうだった。

 本当に彼女には、感謝している。


 私は部下を連れて、ローリンズ氏の家に向かった。

 第一発見者だった彼は、今では第一容疑者になった。

 あとは、犯行に使われた銃でもなんでも、何かしら証拠を見つければいいだけだ。


 とりあえず、彼の身柄を拘束するだけの材料はある。

 それに、もしかしたら自白するかもしれない。

 私は部下と共に、彼の家に到着した。


「ローリンズさん! いますか!?」


 私は呼びかけた。

 しかし、返事は聞こえなかった。


     *


 (※父親視点)


 兵が家にやってきていた。


 いったい、なんの用だろう。

 事情ならすべて説明したのに、どうしてまたやってきたんだ?


 ……なんとなく、嫌な予感がする。


 私は玄関へ向かった。

 そして、ドアに耳を近づけて、音を頼りに外の様子を伺ってみた。

 すると、外にいる兵の話声が聞こえてきた。


「でませんね。留守でしょうか?」


「いや、この家にいるはずだ。あと十秒待って出てこなければ、突入しよう」


「令状もありますし、このドアは壊しても、問題ありませんよね。道具を用意しておきますね」


 なんということだ!


 いつの間に、こんな事態になっていたんだ!?

 令状だと!?

 私は、疑われているのか!?


 そんなバカな……。

 私の偽装工作は、完璧だったはずだ。

 どうして私が、疑われなくてはいけないんだ?

 私の完璧な偽装工作を見破れる奴なんて、いるはずがないのに……。


 いや、今はそんなこと、考えている場合ではない。

 このままでは、私は逮捕されてしまう。

 兵たちは、今にも突入してきそうな勢いだ。

 とにかく、なんとかして、逃げなければ……。


「すいません、今起きたところでして……。着替えているので、一、二分待っていただけますか?」


 私は玄関のドア越しに、わざと暢気な声を出した。

 こちらが事情を把握していることを、兵たちに悟られないようにするためだ。


「ええ、では待たせていただきます」


 外にいる兵が返事をした。

 まさか私が事情を察知して、逃げようとしているとは思っていないだろう。

 私はすぐに、玄関のドアから離れ、裏口へと向かった。

 そして、裏口から外に出て、夜道を走り始めた。


「はあ……、はあ……」


 いったいどうして、こんなことに……。

 バレるはずがなかったのに、私は今、逮捕されようとしている。

 必死に逃げているが、これでもう、元の生活には戻れない。


「裏口から逃げているぞ!」


 遠くから、兵が叫ぶ声が聞こえた。

 叫び声が聞こえてきた方を見てみると、黒い人影が何人も、こちらに向かって迫ってきていた。


「あぁ……、どうして、私がこんな目に……」


 もうだめだ。

 たとえ今逃げ切ることができても、もう貴族としての生活は望めない。

 私の転落人生は、既に始まっているも同然なのだ。


 顔からは汗が噴き出ていた。

 もしかしたら、涙も流れているかもしれない。

 捕まった時のことを想像して、不安や恐怖に駆られていた。

 そんな絶望から逃げるように、私は必死に走った。

 とにかく今は、逃げることが何よりも優先だ。


 普段は走ったりしないので、すぐに息が上がる。

 足も痛い。

 体中が悲鳴を上げている。


 人殺しとして捕まるなんて、死んでも御免だった。

 どんな処罰が課されるにしても、重たいものだというのは確実だ。

 なんとしてでも、逃げ延びてやる。

 私は走りながら、うしろを振り返った。

 たくさんの黒い人影が、ものすごい勢いで私を追ってきていた。


 そしてさきほどよりも、その距離は縮まっていた……。

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