第22話

 私はアンドレさんと共に、事件の資料に目を通していた。


「部屋は、結構荒らされていますね……」


 私は現場の写真を見ながら呟いた。


「そうですね……。資料によると、貴女の父上にご確認してもらったら、金品がいくつか無くなっていたそうですね。なくなっていた金品の量からして、強盗は一人だとみるのが妥当です。複数犯なら、もっと盗めたでしょうからね」


「ええ……、そうですね」


 私はアンドレさんの言葉にうなずきながらも、どこか違和感を感じていた。


「犯行があったのは夜ですから、目撃者も今のところ、いないみたいですね」


「まあ、夜だと出歩いている人も少ないので、それはしかたがありませんね」


 私は答えた。

 そして、次々と資料を読んでいった。


「死因は、なんだったのですか?」


 私はアンドレさんに質問した。


「検視結果待ちですので、正確にわかるのには少しまだ時間がかかります。しかし、写真にある出血の量を見ると、おそらく心臓を撃たれたことによるショック死でしょうね。つまり、即死です」


「確かに、そうみたいですね……。出血多量で死んだなら、もっと派手に血が流れているはずですからね……」


 出血が少ないということは、すぐに心臓が止まったということだ。

 体を貫いている弾は一発だけだし、見つかった薬莢も一つだけだ。

 アンドレさんの言う通り、母は即死だったのだろう。

 あまり苦しむことはなかったということだ。


「これだと、犯人の顔を見ることも、なかったでしょうね……」


 アンドレさんが呟いた。


「確かに、そうですね……」


 私がよく読む本なんかだと、被害者がダイイングメッセージを残したりなんかしているけれど、即死だと、それも望めない。

 犯人の顔は見ていないだろうし、見ていたとしても、それを書き残す時間はなかっただろう。

 まあ、ダイイングメッセージなんて、所詮は作り物の話の世界にしか存在しない。

 そんな物には期待せず、資料を見て、実際に何が起こったのかを正確に捉えて、そこから犯人につながる手掛かりを見つけるしかない。


「……なんだか、ちぐはぐですね」


 私は写真を見ながら呟いた。

 さっきまで感じていた違和感の正体が、わかったような気がした。


「ちぐはぐ、ですか……。どういったところがですか?」


「強盗犯は、母を撃った後、金品を盗んだのですか?」


「それはわかりませんが、撃つ前に盗むのが普通ですね。そもそも、撃つのはあくまでも、盗みに気付かれた時に、しかたなく、という場合ですね。殺しが目的ではなく、金品を奪うことが目的なのですから、余計な痕跡は残したくないでしょうしね」


「では、母の場合も、そうだと仮定してみましょう。母が撃たれたのは、盗みの最中、あるいは盗み終わって逃げようとしていた時だとします。しかしそれだと、変ですよね?」


「え、何か、変ですか?」


 アンドレさんは首を傾ける。


「変ですよ。弾は、母が被っていたシーツの上から貫通しています。そして、母の体を貫き、その下のマットレスに食い込んでいました。つまり母は、寝たままの姿勢で撃たれたわけです」


「ええ、そうですね」


 アンドレさんは頷いた。


「ということは母は、ずっと寝ていたということになります。強盗が部屋に入って棚を漁っていたのなら、普通は気付いて起きるはずですよね」


「確かに、そうですね……」


「それで気付かれた強盗犯が母を撃ったのなら、弾はこのようには貫通しないと思います。起き上がった母を撃ったのなら、母を貫いた弾は、壁や床にめり込むか落ちるかしているはずです。ベッドの上で撃たれたとしても、こんなにきれいに真上から撃ったようにはなりません」


「あぁ……、本当ですね! どうして気付かなかったんだ……」


「つまりこれは、偽装工作だということではありませんか?」


 資料を見て考えた私は、そう結論づけた。

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