第18話
八年前のパーティ会場で、私がウィリアム王子と何を話していたか、それを答えなければ、私が本物のエマだと証明できない。
しかし、正解を導くことは、ほとんど不可能に近い。
だって、八年前だから。
そんなの当たり前である。
私は本物だけれど、そんなに昔のことは、普通に覚えていない。
だからといって、諦めるわけにはいかない。
せっかく訪れたチャンスを、無駄にするわけにはいかない。
そこで私は、殿下にある提案をした。
「あのぉ、八年前のパーティの時ではなく、もう少し、最近のパーティのことではいけませんか? それなら、おそらく答えられると思うのですが……」
「いや、ダメだ」
私の提案は、あっさりと断られた。
「さっきも言ったように、八年前のパーティは、エマだけが参加していて、ヘレンは参加していなかった。しかし、ほかのパーティではそうではない。私とエマの会話をヘレンが聞いていれば、本物のエマでなくても、答えることができる。だから、エマしか参加していなかった、八年前のパーティについて答えてもらう必要があるんだ。もし君が本物のエマなら、答えるのは簡単なはずだ」
殿下はそう言うと、こちらをじっと見て、私の返答を待っていた。
いやいや……、理屈は確かにその通りなのかもしれないけれど、問題はそれが、八年前のパーティだということだ。
そんなの普通に、覚えていない。
しかし殿下の意思は固いようなので、これ以上の提案は受け入れてくれそうにない。
自分が覚えているからといって、ほかの人もそうだと思うのは、いかがなものかと思う。
八年前の何気ないことなんて、普通は覚えていない。
少なくとも、私はそうだ。
しかし、答える以外に、私に残された道はない。
何とか正解を予測して、答えるしかないようだ。
うーん、初めて会った時のことなら、なんとなく覚えている。
確か、ゼリーか何かを食べている殿下に、私が話しかけたのがきっかけで、話し始めたのだった思う。
しかし、それ以降のことは、はっきりと覚えていない。
えっと、会ったのは五回目だったと言っていたわね……。
その時もまだ、子供だったけれど、いったいどんな会話をしたのかしら。
初めて会った時のように、子供らしく、食べているもののことでも話していたのか、それとも、何か違うことを話していたのか……。
違うことって、例えばどんなことがある?
うーん、あ……、そうだ。
子供とはいえ、王子と侯爵令嬢の会話だ。
この国の未来について、熱い議論を交わしたという可能性もある。
まだ現実をわかっていない子供の夢物語だったかもしれないけれど、そんな会話をしたのかもしれない。
なんか、そんな感じだった気がしてきたわ。
子供といっても、食べ物の話ばかりしていたと考えるのは、安直すぎる。
幼いながらも自身の立場を自覚し、国の未来を憂いていたとしても、不自然ではない。
あぁ、一度そうかもしれないと思うと、なんだか本当に、そんな会話をしたような気がしてきた。
どうせ、悩んでいたって正解なんてわからない。
勢いに任せて、これでいくことにしましょう!
「私と殿下はパーティ会場で、この国の未来について話していました。当時はまだ子供でしたが、幼いなりにこの国のことを考えて──」
「ハズレだ」
食い気味に言われてしまった……。
え、ハズレなの?
私は侯爵令嬢としての自覚を持って、国のことについていろいろと考えていたのではなかったの?
「私たちは、食べていたサンドイッチの感想を語り合っていたのだ。そこから好きなサンドイッチの具は何かという話に発展して、私は卵だと答え、君は野菜が入っていなければ何でも好きと答えたんだ」
「そ、そうでしたか……」
普通に子供の会話だったとは……。
好きなサンドイッチの具だなんて、ほのぼのとしているなぁ。
自分の立場を自覚して、この国の未来について熱い議論を繰り広げていたわけではないのね……。
言われてみれば、そんな会話をしたような気もする。
私は子供の頃、野菜が嫌いだった。
実をいうと、今でもあまり好きではない。
青臭いというか、どうもにおいが受け付けないのだ。
あぁ、結局私は、せっかく訪れたチャンスをものにできなかったということね……。
「やはり君は、エマではないようだな。私がどうかしていたようだ。一時の迷いとはいえ、婚約者が成りすましの偽物だと疑うなんて……。しかし、君が正しく答えられなかったことではっきりとした。君はエマではない。つまり、私の婚約者は、本物のエマで間違いないということだ。これで彼女に、何の疑いもなく接することができる」
殿下はすっきりとした表情になって、私の部屋から去っていった。
私はその後姿を見送ったあと、大きくため息をついた。
*
(※ウィリアム王子視点)
あぁ、私の婚約者が本物のエマで、本当によかった……。
よく考えればわかったことだ。
彼女が私に、こんな大事なことで嘘をつくはずがない。
一時でも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
これからは、何の疑いもなく、彼女に接することができる。
また、彼女と幸せな日々を送ることができるのだ。
私はそのことに、大きな喜びを感じていた。
しかし、それはつかの間の喜びだということを、この時の私はまだ知らなかったのだった……。
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