第17話

 (※父親視点)


 王宮からヘレンが家に来ていた。


 私はソファで妻と並んで座って、ヘレンの話を聞いていた。

 今日は、殿下と街をデートして、とても楽しかったそうだ。

 笑顔で話すヘレンを見て、私も自然と笑顔になっていた。

 しかし、一通り話したあと、ヘレンの表情が少しだけ曇った。


「あのね……、実は……」


 暗い表情でヘレンが話した内容に、私は衝撃を受けた。

 それは隣にいる妻も、きっと同じだろう。


「殿下が、成りすましの偽物だと疑っている?」


 私は震えながら言った。

 まさか、そんな事態になっているなんて……。


「そうなの……。でも、完全に疑われているわけではなくて、少し怪しまれている程度だから、今のところは問題ないと思うわ」


「そうか……。実は私たちも、少し疑われているかもしれないんだ」


「え!? お父様とお母様も、疑われているの?」


 ヘレンは驚いた表情だった。


「ああ、まあ、そうはいっても、本格的に疑われているわけではないし、何か証拠があるわけでもない。きっと、大丈夫だ」


 私は、先日兵がこの家に訪れた時のことを、ヘレンに話した。

 彼女は深刻な表情をしていたが、私は心配ないと言って元気づけた。

 しかし、私とヘレンの話を聞いていた妻が、突然叫び始めた。


「私、もう耐えられないわ! きっと、成りすましていることにも、そのうち気付かれてしまうわ!」


 彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 不安な気持ちはわかるが、べつに決定的な証拠があるわけではないのだ。

 焦る必要はない、そう言ったのだが……。


「何を暢気なことを言っているの! もしばれたら、ヘレンだけじゃないわ……、協力した私たちも、罪に問われることになるのよ!」


 妻は涙を浮かべて、声を震わせていた。

 しかし私は、妻のその態度に少し苛立っていた。


「どうしてそんな不安を煽るようなことを言うんだ! 大丈夫に決まっているだろう! そもそも、お前が兵の前で余計なことを口走らなかったら、私たちが怪しまれることはなかったんだぞ!」


「何? 私のせいだっていうの!? いいわ、そこまで言うなら、私にだって考えがるわ! ヘレンがエマに成りすましていることを、告発するわ! 自白すれば、司法取引だって認められるかもしれない。何もせずにバレるよりは、何倍もマシだわ!」


「ふざけるな! 私たちを売ろうというのか!?」


「お母様、酷いわ! きっと、黙っていればバレないわよ。だから、落ち着いて」


「落ち着いてですって? 私は落ち着いているわ! 落ち着いて、今の状況をこの中の誰よりも理解してるのは、私よ! そもそも、あなたがエマに成りすますなんて言わなかったら、こんなことにはならなかったのよ!」


「そんな……、酷いわ、お母様……。あの時は、喜んで協力してくれたのに……」


 ヘレンは涙を流していた。

 私は不安な気持ちでいっぱいだった。


「明日、王宮へ行って、すべて話すわ! 自白して減刑を期待するしか、私たちに残された手段はないの!」


 妻の決心は堅いようだった。

 しかし、私はそれには賛同できなかった。

 溺愛しているヘレンが裁かれることは、我慢できなかった。

 そして何よりも、自分の立場を失うことに、耐えられない。

 

 今更自白するなんて、それは私たちに対する裏切り行為だ。

 黙っていれば、バレることなんてないんだ。

 それなのに、どうして告発しようという考えになるんだ。

 まったく、理解に苦しむ。

 しかし、妻の決意は固い。


 部屋には、重たい沈黙が流れていた。


 明日になれば、私たちはみんな揃って犯罪者になるのか……。

 いや、そんなことは、絶対にさせない。

 告発するなんて、許さない。

 必ず阻止してやる。

 たとえ、使だ。

 私は、覚悟を決めた。


「皆、少し冷静になろう。私は少し、外を歩いてくる。明日の朝、またみんなで話し合おう」


 私は家から外に出て、夜風に当たっていた。

 そして、町の方に向かって歩き始めた。

 もう、後戻りはできない。

 私はもう、覚悟を決めたのだ。


 暗い路地を進み、裏通りに入った。

 このあたりは、素行の悪い連中がいるブロックだ。

 私はそこで、あるものを買った。

 金さえあれば、手に入れるのは難しくない。


 そして私は、家に帰った。

 玄関の扉を開けて、家の中に入った。

 リビングへ行ったが、誰もいなかった。

 私が家を出てから、一時間以上が過ぎていた。

 ヘレンはもう、王宮に帰ったのだろう。


 私は、寝室のドアをゆっくりと開けた。

 ベッドの上で横になっている妻は、動かない。

 私が部屋に入ったことに、気付いていないようだ。

 どうやらすでに眠っているらしい。

 それなら、好都合だ。


 私は街で買ったものを、手に持っていた。

 これは、仕方のないことなんだ。

 こうしなければ、愛するヘレンの未来は閉ざされてしまう。

 私も、何もかも失ってしまう。

 どんな犠牲を払ってでも、それだけは阻止しなければならない。


 私は、ベッドの上で横になっている妻のすぐそばに立った。

 そして、町で買ってきたものを、握りしめた。

 それは、小さな銃だ。

 私とヘレンの未来を守るために、必要なものだった。


 私は銃口を、妻に向けた。

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