第16話
大きな声で、ハキハキと!
せーのっ!
「彼は殺意を隠したまま、準備を進めていた。そして、その準備も終わり、あとは実行するだけとなった。彼はもう一度、自分の気持ちを確かめるため──」
私は声の出し方を忘れそうだったので、部屋の中央に姿勢よく立って、読んでいる本を朗読していた。
しかし、私の朗読を邪魔する者が、突然現れたのだった。
「おい! さっきから何度も呼んでいるのだから、返事をしろ!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に私は驚き、振り返った。
ノックもなしに部屋に入ってくるなんて、どこの馬の骨かしら?
朗読を聞かれてしまったことにはすぐに気付いたが、今の私はそんなことで恥ずかしがることはない。
以前にこのような状況は経験済みなので、素早く精神を守る術を、私は身につけている。
何事もないかのように振る舞えば、恥ずかしくなどないのだ!
「レディの部屋に勝手に入るなんて、少し無礼なんじゃありま──」
私は振り返りながら放った言葉を、途中で止めた。
どこの馬の骨なのかと思っていたけれど、この部屋に入ってきたのはなんと、ウィリアム王子だったのだ。
「あ、殿下でしたか……、ようこそわが家へ」
もう少し気付くのが遅かったら、殿下に失礼な言葉を浴びせるところだった。
私は何とか笑顔を取り繕って、殿下を迎え入れた。
「ここは君の家ではなく、牢獄だ。いったい、何をしていたんだ? 誰もいないのに一人で喋って──」
「あの、殿下! 私に何か、ご用件があるのですよね? わざわざこんなところまで来たのですから」
「……ああ、そうだ。実は君に、聞きたいことがある」
殿下は真剣な顔で、こちらを見ていた。
私に聞きたいこと?
いったい何かしら?
もちろん、何でも答えるつもりである。
さっきまでこの部屋で何をしていたか、以外のことなら……。
「聞きたいことですか……。いったい、なんでしょうか?」
「八年前、王族や貴族が集まるパーティに、私は参加していた。そこには、エマも参加していた。しかしヘレン、君は体調を崩したので、そのパーティには参加していなかった。そのパーティで、私はエマとある話をした。彼女に会ったのは、それで五回目だったが、とても楽しい時間を過ごすことができた。さて、そこで君に質問だ。私はエマと何の話をしていたか、君は答えられるか?」
殿下は、鋭い眼差しでこちらの顔を覗き込んでいた。
「えっと……」
いきなり昔の話を始めたので驚いたけれど、私はすぐに状況を理解した。
これはつまり、ついにヘレンがぼろを出し始めたということね……。
だから、殿下は自分の婚約者が、私に成りすました偽物だと思い始めた。
今はまだ確証はないけれど、少しは疑っているという段階だと思われる。
だから私にこんな話をしたのだ。
ここで私が、正解を導くことができれば、私がエマだと証明できる。
なぜなら、殿下の質問の答えは、エマしか知りえないことだからだ。
偽物のヘレンには、答えることができない。
つまり、私のやるべきことは決まっている。
殿下の問いに対して、正確な答えを言って、私が本物のエマだと証明する。
そして、ヘレンは両親の罪を、白日の下に晒す。
待ちに待っていたそのチャンスが、ついに私のもとに訪れたのだ。
しかし、一つだけ問題があった。
私には、その答えがわからなかった……。
できればもう少し、最近のことを聞いてほしかった。
人間って意外と、昔のことはそんなに覚えていないのですよ。
覚えていても、ぼんやりとした曖昧な記憶しかないなんてことも、ざらにあるのです。
しかし、ここで答えなければ、せっかくのチャンスを棒に振ることになる。
えっと……、パーティ会場で私は殿下と、何を話したのしょうか?
昨日の晩御飯でさえ正確に覚えていない私に、八年前のことがはたして思い出せるのでしょうか……。
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