第32話陸翔は久しぶりに黒瑛に会う

 医療の知識がある陸翔は倒れていた桂夕を預かり、黒瑛達と一緒に自分の邸宅へと向かった。

 そして別の部屋に桂夕を寝かせて手当てをした後、陸翔は改めて黒瑛の待つ部屋にて卓に着く。


「あいつ、大丈夫そうなのか?」

 黒瑛が挨拶もそこそこに、桂夕について尋ねると陸翔は頷いた。


「ええ、陛下のおかげでなんとか。そして先ほどは無礼にも拝礼を控えさせていただきましたことお詫びいたします、申し訳ございません。騒ぎになると面倒かと思いましたので」

「ああ、それはいい。分かってる。……それより、陸翔、龍弦村にいるはずのお前が何故ここにいる?」

 黒瑛が険しい顔でそう尋ねた。


「実は、龍弦村に秦漱石の手の者が様子を窺いに来たのです。私がここにいるとは知られてないでしょうが、念と為にと陛下が訪れる予定の周辺地域に火種がないか調べているのでしょう。用心深いことです」

「ああ、なるほど。俺の行く先々を調べるってのは本当にアイツらしいな……」

「ええ。その為ひっそりと私はこちらに移動したのですが……」

 と言って陸翔は訝し気な目を黒瑛に向けた。


「陛下こそ、どうしてこちらに来られることができたのですか……? まさか、本当に桂夕が案内を?」

「桂夕ってのは、俺達が連れて来た男か?」

「はい、そうです。彼はこの周辺の地を治める豪族の一族の者で……。私が場所を移動したことを陛下に伝える為に送った使者を引き留め、自分が代わりに行くと言って出て行ったのです」


「ふーん、なるほど。なら、運が良かったな。陸翔がここにいるってことを桂夕ってのに直接聞いたわけじゃないんだ。たまたま道端で倒れてたこいつを見つけて……大体の場所が分かりそうだってんで運んできただけだ」

「大体の場所が?」

「ああ、まあ、茶を飲んで……いや言っても信じねぇだろうから、これ以上聞かないでくれ。で、だ。俺が気になるのは、陸翔のそのなんか浮かねえ顔だ。そもそも、桂夕ってやつは俺達をこの村に連れてくる為に村を出たんだろ? なのに、実際俺達が来たら腑に落ちないって顔をするってのはどうしてだ?」

 不機嫌そうに黒瑛がそう言うと、陸翔は瞳を伏せた。


「……桂夕は、陛下と北州が手を結び秦漱石を打倒することに反対だったのですよ。危険過ぎると言って。ですから、彼が他の使者を戻して一人で行ったという報告を受けた時は、おそらく桂夕は嘘の伝令をするか、陛下になにも伝えないつもりだったのではと思っていたのです」

 陸翔がそう言うと黒瑛は顔をしかめた。


「こいつの親は北洲の長だったか? つまり北州の長も反対ってことか?」

「そこはご安心ください。族長は、協力を惜しまないとおっしゃってます。そのこともあって桂夕はより反発しているのかもしれませんね。手を貸そうとする親に対しても、不満を抱いておりましたから」

「ふーん……。まあいい。経緯はどうあれ、お前のもとに無事来れたんだ、良しとする。それじゃ早速、本題に入ろう。現状の確認をしたい」

「それは良いですが、彼らは……?」

 そう言って陸翔は改めて采夏と坦を見遣った。

 大事な話をする場にいてもいいのかと問うていた。


「ああ、紹介がまだだったな。こいつらはいても問題ない。こっちは側近の虞坦(グ・タン)だ」

 黒瑛はまず坦を紹介すると、坦は拱手をする。


「坦と申します。陸翔殿のお噂はかねがね伺っておりました! なにとぞ! よろしくお願いいたしまする!!」

「ほお、あの虞家の武官でしたか……なるほど」

 硬い挨拶をする坦に陸翔は柔らかく笑みを浮かべる。


「そんで、こっちが俺の妃の采夏だ」

「……妃?」

 不思議そうに陸翔が采夏を見遣る。

 何故こんなところに妃なんかを連れてくるのだろうかという疑問の色が瞳に浮かぶ。


「母上が連れてけと言うもんでな」

 黒瑛に紹介されて宦官に変装していた采夏は、鼻から下を覆っていた布を外して頭を下げた。


「采夏です。よろしくお願い致します。あの、よろしければお茶でもお淹れしましょうか?」

 少々うずうずするようにそう言う采夏を見て、黒瑛は思わず綻んだ。

 気を遣って茶を淹れるというよりも、お茶を淹れたくて仕方がないのだろうと言った様子だ。


「妃様にお茶を淹れさせるなど恐れ多い。私が招いたのですから私が……」

 と言った陸翔に、黒瑛が手を上げて言葉を制した。


「采夏妃は茶を淹れるのが好きなんだ。それに彼女の淹れた茶はうまい。采夏妃に任せてもらえるか?」

「陛下がそうおっしゃるなら……。では、茶器類はそこの棚にしまっておりますので、好きに使ってかまいません。お願いできますか?」


「はい! ありがとうございます!」

 采夏は満面の笑みを浮かべて礼をし、足早に先ほど陸翔が示した棚へ向かった。


 その背中を黒瑛が、どこか優しそうに見つめる。


(おやおや、このような表情を浮かべるようになっていたとは……)


 陸翔の知っている黒瑛はもっとツンツンしていた悪童だ。

 口調こそ、前からの粗野なものだが、あんな柔らかい表情をするようになったのかと思うと、時の流れと言うものを感じさせる。


「では、ここにいる方々は信用できるとして、話を進めます」

 陸翔はそう仕切り直すように言うと、黒瑛の顔つきが変わった。


(柔らかな表情だけじゃない。良い顔つきになられましたね)

 陸翔は、真面目な顔の奥で密かにそう思いながら口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る