第29話黒瑛は倒れている人を見つける
しばらく三人で山道を進む。
陸翔のいる龍弦村は、山奥の村だ。
そこで陸翔と今後のことについて話し会う予定になっている。
(まあ、本人は、意思確認の顔合わせ程度だと思ってるかもしれないが、ここまで危険をおかして会うんだ。もっと具体的な話まで詰めていきてぇな)
陸翔との会談を提案したのは、黒瑛自身だ。
采夏の助言もあり陸翔と手を組むことはできた。
手紙で計画のやり取りなどをするようにはなったが、陸翔はあまり積極的に現状を打破しようとする気がないように感じていた。
いや、慎重になりすぎていると言った方が正しいかもしれない。
陸翔は、秦漱石の専横政治を覆すべく、黒瑛の兄であり、当時皇帝だった士瑛とともに励んでいたが、それを秦漱石に悟られ逃げるようにして宮中を去った。
そしてその後すぐに、士瑛は亡くなった。
秦漱石に殺されたのだ。
(兄上のことを気にしてるのかもしれねぇが、秦漱石にいいようにされてる宮廷は早くどうにかしなくちゃこの国は潰れる)
陸翔が慎重になる気持ちはわかるが、それでも黒瑛にはのんびりと構えている時間がない。
陸翔との手紙だけでは、秦漱石を追い落とすための計略がのらりくらりと交わされる。
今日の会談で、直接気持ちをぶつけて、陸翔の意志を確認したかった。
黒瑛が考えをまとめたところで顔を上げると、馬に乗る采夏妃の姿が目に入った。
笑みを浮かべる彼女の横顔は、いつになく活気に満ちている。
「なんだかいつになくご機嫌だな」
「ええ! だって、もうすぐ龍弦村だと思うと、嬉しくて……! 茶師にとっては憧れの秘境ですから!」
「秘境……?」
黒瑛は首を傾げると、坦が隣に並んできた。
「陛下はご存知なかったですか? 陸翔殿が身を隠している龍弦村といえば茶の産地として有名な場所なのですよ。しかもその茶の製造方法を秘匿とするため関係者以外は立ち入り禁止の聖域。身を置かれる場所を良く考えられておりますよね」
但の説明に黒瑛は思うところができて采夏を見た。
「茶の産地……。采夏妃、皇太后に言われて来たって聞いたが、もしかして本当の目的はその村ってことか?」
「えっと、別に全部が全部龍弦村に行きたいという気持ちだけではなくてですね。もちろん陛下の御心を慰めるためにお茶を淹れるというのも目的の一つです」
「で、割合はどのくらいだ?」
「龍弦村の秘境の茶畑に行きたい気持ちが九割ですかね」
「ほとんどじゃねぇか……」
思わずがっくりと肩を下ろす黒瑛を見て、坦がカッと目を見開いて采夏を見た。
「おい、女! 陛下ががっかりされているだろ! 嘘でもいいから訂正しろ!」
「嘘で訂正されたってうれしかねぇよ!」
坦の物言いに黒瑛が呆れかえって声を荒げるのを見て、采夏はふふふと笑った。
「陛下、お茶と言うのは、作られた産地の水を使って淹れるとうんとおいしくなるのです。龍井茶を、この地の水で、陛下と一緒に飲めたらきっととってもおいしいと思うのです。楽しみですね」
あくまでも黒瑛と一緒においしいお茶を飲みたいから龍弦村に行きたいのだと聞こえる采夏の言葉に、黒瑛はまんまと毒気を抜かれた。
(まあ、そういうことにしておくか)
機嫌をよくして黒瑛は笑う。
そしてその時に坦の警戒する声が響いた。
「陛下! 速度を落としてください、前方に何かいます」
馬の速度を緩めて目を凝らすと、山道の真ん中に何かが横たわっているのが見えた。
猪か何かかと思ったが、よく見ればそれは人だ。
しかも、ほぼ裸の。
身に着けている物は、腰布一枚と、竹の水筒。
加えて体は泥だらけで、頭から少し血を流している。
どうしたものかと思ったが、このままほっとくわけにもいかない。
坦が倒れている男を仰向けに寝かせて脈をとる。
「どうやら意識を失っているだけのようです。頭を打ったのでしょうね」
「腰の布と、水筒以外何も身に着けてないってことは、追剥にでもあったか」
「そうだと思います。命にかかわる水と腰布だけ残したということは、盗人が中途半端に情けをかけたのでしょう」
「……物騒な国になったもんだ。こんな田舎の山でさえ、この有様か。いや、地方だからこそ、か」
黒瑛は苦虫を噛み潰すような気持でそう呟く。
長年の宦官による専横政治により国は荒れている。
このような犯罪も多くなっていた。
「いかがいたしましょうか。この男、このまま放置すれば、獣に食われるか、衰弱死か……」
但はそう言って、黒瑛を見た。
先を急いでいる旅だが、人一人を見捨てるのも気がひける。
だが、陸翔が隠れ住む龍弦村に得体の知れぬ者をこのまま連れてゆくわけにもいかない。
「この男、目は覚ましそうか? 元の居場所が分かればそこまで送り届けるぐらいならしてもいいが……」
黒瑛にそう言われ、坦は男の頬をはたく。
しかし男に目覚めるそぶりはなかった。
「ダメですね……」
但が苦い顔で首を振る。
「せめて何か手掛かりになるものでも持ってればいいが、持ち物は白い腰掛けとなんの変哲もない竹筒だ。中身もただの水のようだしな」
黒瑛は、水筒の中身を確認したが匂いや色を見る限りただの水だ。
「あの、もしかしたら私、その方がどこから来られたのか大体の位置が分かるかもしれません」
困った、と言う雰囲気の中で采夏の声が響く。
「どうやってだ? まさか、こいつと知り合いか?」
「いいえ、知り合いではありませんが、この方の水筒の中の水があれば、多分、どこから来られたのか分かると思います」
「水筒の水?」
「はい、その水で、お茶を飲みたく思います」
采夏は笑顔でそう言った。
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