第9話采夏は食事会を振り返る

 貞花妃が去った後、朝の食事の会はすぐにお開きになり、新入りの妃達は各々自分の宮へと戻っていった。


 もちろん采夏も。


(なんで食事会解散したのかしら。せっかくお茶も淹れてこれからだってところだったのに)


 自分の部屋に帰る道すがら、事の成り行きを未だに全く分かっていない采夏が心の中でそう嘆いていると、後ろからポンと背中を叩かれた。


「采夏妃、さっきはマジでありがとう!」

 そう明るく声をかけて来たのは、玉芳だった。


「あ、先ほどの二胡の人! 先ほどの二胡の音色は本当に素晴らしかったです」

 玉芳の顔を見て采夏は嬉しくなってそう述べた。


 采夏は、お茶を飲む時の環境にもこだわるタイプだ。

 二胡を聴きながらのお茶は最高なのである。


「ふふ、まあね。それでさ、一つ聞きたいんだけど、あのお茶はなんなの?」

「もしやお茶にご興味が!?」

 満面の笑みで詰め寄る采夏に、思わず玉芳は一歩しりぞいた。

 しかし、気にせず采夏は口を開く。


「あのお茶葉は、きりりとした深い苦味が特徴のお茶で、雲連山脈(ウンレンサンミャク)の麓に育てられた緑力清茶(リョクリョクシンチャ)という銘茶ですわ。しかもあれは春摘みのお茶なんです! 春摘みならではの新鮮な香りが本当にすばらしいですよね!? 苦味の中にも新鮮な緑の香りが爽やかで、朝の目覚めに最適なんです。茶の色合いも緑が濃くて美しかったでしょう? ですが、なかなかあの色合いを出すのは難しいのですよ。あれは、あの時のお湯の温度が誠に素晴らしかったからで」


「いやいやいや、ちょっと待って。お茶なのは分かってる!」

 永遠に茶について語り続ける勢いの采夏を玉芳が慌てて止めた。


「アタシが知りたいのは、何であの時、私にお茶を飲ませたのかっていうことで……!」


「え? それは……まだお目覚めでない様子でしたでしたし、貴女がお目覚めになれば素晴らしい二胡の演奏をしてくれると思って」


「いや、目覚めてないって……起きてたけど? 私ちゃんと目、開いてたし」

「目が開いていることと体がきちんと目覚めてることは別です。貴女は顔色も悪くて目も重たそうで、眉間に力を入れてる様子でした。頭痛がしたり、けだるく感じられたのでは?」


「確かに、頭痛がひどかったけど……」

「それはまだ体が目覚めてないのです。そういう時にはお茶です。お茶はもともと不老長寿の秘薬として発展したもの。熱いお茶は体の血のめぐりをよくし、茶の苦味は体中に朝であることを伝えてくれる刺激になる。 弦をはじく指先一つ一つにまでお茶の力が廻った感覚があったはずです! ああ……お茶ってなんて素晴らしいのでしょう!」

 と、采夏は自分で語りながら気持ちが高ぶってきた。


「そういえば、私、いつもならこのくらいの時間はいつも頭が痛いんだけど、今はいたくない。

 これってお茶のおかげってこと……?」

 不思議そうにそう呟く玉芳を見て、采夏は微笑んだ。

 そのとおりです、という自信にあふれた笑顔である。


「でもさ、あの怒髪天を衝く勢いで怒ってた貞花妃の話の腰を折るなんて、貴方相当肝が据わってるね」

 玉芳の言葉に、采夏が不思議そうに首を傾げた。


「……え? 怒ってる人なんていましたか?」

「……え? めちゃくちゃ怒ってたでしょ。気づいてなかったの?」

「すみません、いつもだいたいお茶のことで頭がいっぱいで……」

 他のことが目に入っていなかった。


(怒ってたかな? あ、でも邪魔みたいなこと言われたような気もしなくもないような)

 あの時のことをどうにか思い出そうとするが、上手くいかない。

 思いだすのは、あの時飲んだお茶の味。

 おいしかった。苦くて、そして後からくるスッと残る甘味。あつあつの茶が喉を通り全身に暖かな血がめぐってゆく心地は、なんとも言えない。


 怒っている人がいたかどうかを考えている最中に再びお茶のことばかり考える采夏。

 怒っている人の心当たりがまったくないらしい采夏に、玉芳は思わず噴き出した。


「ぷっ、ふふ、アンタ大物ね! 気にいった。アタシ玉芳っていうの、これからもよろしく!」

「え? あ、はい。よろしくお願いします?」

 

 思い出せないので、何だか納得いかない感じがするが、玉芳のよろしくの言葉とその顔に浮かぶ笑顔は晴れやかだ。


(良く分からないけれど、良かったのなら、良かった。私も二胡を聴きながらおいしいお茶飲めたし良かったかも)

 茶以外のことに関しては深く物事を考えない采夏は、こちらこそよろしくと返事を返したのだった。

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