第6話采夏はお茶に誘われたと思ってのこのこついていく

後宮の朝は早く、夜明けとともに妃揃って皇帝の祖先の神霊に祈りを捧げなければならない。

 だがそれさえ行えば基本は自由。


 采夏も後宮入りしてそれなりに日が経ち、毎日のしきたりをこなしここでの生活にも慣れてきた。

 むしろ快適と言える。

 何故か司食殿(シショクデン)の宮女たちが、たまに余った茶葉をこっそり采夏に融通してくれるようになったからだ。


 『頑張ってください!』『応援してます!』などと言われるが、何を励まされているのか全く分からない。

 しかし、お茶がもらえるので采夏は、『頑張りまーす!』などと調子よく答えて茶を頂戴していた。


 諸々気になるところはあるが、采夏の目下の悩みであった茶不足問題は少しばかり解消し、空いた時間はだいたい一人でお茶を楽しんでいるのだが……今日は違った。


 采夏含む新しく後宮入りした妃達は、朝の食事に誘われ花妃が住まう花陵殿に集められていた。

 誘ったのは、後宮内では皇太后に次ぐ地位である花妃(カヒ)の位を賜った貞(テイ)花妃(カヒ)。


 貞花妃は豪勢な食事が載った御膳を前にして、しなだれかかるように椅子に座り、下座に控えている十数人の新入り妃達を見下ろした。


「あーあ、本当につまらないわ。もっとわらわを楽しませられないの?」

 貞花妃は侮蔑の視線を隠すことなくそう言った。


 突然貞花妃に呼ばれた新入りの妃達は、供された豪華な食事を前にして喜んだのもつかの間、食事の前に出し物をしろと命じられたところだった。

 出し物というと、大体が歌や踊りや楽器などの演奏が主となる。

 しかし、この後宮には、芸事を学べるような裕福な家に生まれた者などほとんどいない。

 貞花妃の命令に戸惑いながら、妃達は一人ずつ知ってる民謡を歌ったり、適当に踊ったりをしてはいるが人に見せて楽しませられるような代物ではなかった。


 故に、先ほどの貞花妃による『つまらない』発言に至るわけである。


「今回の新入りは本当に使い物になりませんね、貞花妃様」

「ほんとうに。貞花妃様を前にして無礼だと思わないのかしら」


 貞の取り巻き妃達が、次々に後輩妃達の無様なさまを罵ってゆく。

 その罵りの言葉がひどいほど、貞は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「わらわのことはいいのよ。でも、こんな無能な子達が妃だなんて、陛下がおかわいそうだわ」

 ちっともそんなこと思ってなさそうに弾んだ調子で貞(テイ)は言い、取り巻きの妃達も、「おっしゃるとおり!」などと言って次々に賛同していく。


 嘲笑を浮かべる貞花妃とそれをほめそやすその取り巻き、

 暗い顔でうなだれる新入り妃達が一つの広間に集められて、すでに一時間ほどは経過していた。


 そんなやり取りの端の方で、真摯な顔で、貞花妃から供された食事と一緒に渡された白湯を見つめる妃がいた。


 誰もかれもが貞妃のご機嫌を伺う中、別のことに神経を研ぎ澄ませる妃、采夏である。


(朝食に誘われたから、てっきりお茶が出るものかと思ったのに、まさか白湯だなんて!!)


 采夏はそう嘆いた。


 他の妃達とも一緒にお茶を飲めたらきっと楽しい時間になるに違いないと思って、采夏は少なからずこの食事会を楽しみにしていたのだ。

 お茶はやはり何人かと一緒に飲むのがおいしい。

 同じお茶でも、一煎目のお茶、二煎目のお茶では濃さが違うため味も変わってくる。

 一緒に飲む人がいれば、その分色々な飲み方ができる。


(せっかくの集まりなのに、お茶がなければ弾む会話も弾まないわ……。周りの皆さんに元気がないように見えるのも、お茶がないからね。気持ちはわかる)

 元気がないように見えるたくさんの妃達を見て、お茶が人生のすべての采夏はそう確信した。

 そして横に置いた自分の茶道具一式が入っている小さな箱にそっと手をおく。

 いつでも飲めるように采夏は、茶道具と司食殿の宮女からもらえる茶葉を常に持ち歩いていた。


(私があつあつのお茶を淹れれば、この微妙な空気も解決! だけど、この白湯の温かさだと朝の茶にしては低すぎる……)


 あつあつのお湯がなければ、美味しい朝一番のお茶が飲めない。

 采夏は辺りを見渡し、お湯を探し始めた。

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