妻と弟の板ばさみ
私の妻になった女性である、理央奈(りおな)との新婚生活が始まった。大内(おおうち)社長の取り計らいで、私の弟である颯真(そうま)には、1人でも暮らせるように、障害者用に設備の整ったバリアフリーのマンションの北側の1室があてがわれた。真向かいのマンションの3 LDKが、私たちの新居である。
弟に何かあったら、すぐに様子を見に行けるよう、社長自ら物件を選んで購入し、近くに住まわせてくれたのだ。どこまでも親切で、面倒見の良い義父であった。
私より8歳歳下の妻は、どことなく博多人形を思わせるような白い肌と、清楚な美貌を持っていた。才色兼備でありながら、それをひけらかさない賢い女性でもあった。ハタから見れば、完璧な女性であった。欠点を挙げるとすれば、苦労知らずということぐらいだ。
だが、人並みの苦労は結婚生活を続けているうちに自然に覚えることであり、わざわざ私が教えることでもないだろう。弟のこともあり、気がかりと言えば気がかりではあるが。
妻はやはり、気にさわることがあるらしく、特に私と弟が一緒にいる時など、時折不機嫌そうな顔をして見せるのである。ある日、弟を彼のマンションに送った後、それとなくその訳を聞いてみた。
「颯一郎(そういちろう)さん、あなたはやっぱり颯真さんの方が私よりも大事みたいね?いくらわがままを言われても、結局私のことより優先するんだもの...」と、愛らしく小さな口をすぼめるのである。甘ったれな感じの口元が、彼女が結婚するまでの、何不自由のない生活を送ってきた幸福を物語っていた。
「理央奈、君はずっとそんな風に思っていたのか。心外だ!颯真はあの通り不自由な身体だから、どこへ行くにも僕が連れて行き、帰りは送ってあげなきゃいけない。買い物をする時などは、用が済むまで待っていなきゃいけない。君はそれをわかっていながら、お嫁に来てくれたんじゃなかったのかい?」
「わかっていたわ。結婚前のあなたとのデートで、嫌と言うほど思い知らされてきたから。だけど物事には、限度というものがあるのよ。こう頻繁に颯真さんに新婚生活を邪魔されては、たまったものじゃないわ!だってあなたと二人きりになる時間が、極端に少ないんだもの。」
おとなしそうな外見でありながら、自分の意見をはっきり述べるあたり、やはり社長令嬢だな、と妙に関心してしまった。彼女の気持ちは痛いほどよくわかるのだが、いかんせん、初めて一人暮らしをして戸惑っている弟をないがしろにするわけにはいかない。そんなことをしたら、私に突き放されたと誤解して、また何をしでかすことか...
「とにかく、あなたの弟のせいで、ずっと気分が悪いのよ。しばらく実家で気分転換したいわ。」
「まだ新婚2ヶ月と経っていないのに、もはや里帰りするの?」私が苦笑いしながら言うと、新妻は少し気まずそうにしながらも、こう言ってのけた。
「だってあなたったら、ちっとも私の言うことを聞いてくれないんだもの。2日間、泊まってくるだけよ。3日目の朝に帰るわ。それまでに弟のわがままを抑える術(すべ)を考えておいてちょうだいね?」
(わがままか…どっちもどっちだろ!)
私は弟と妻の間で板挟みになっている自分を情けなく思った。おまけに、新妻から弟のわがままを抑える術を考えるようにとズケズケ言われ、無力感に苛まれた。
どちらの言い分に重点を置くべきか、あるいは両者を牽制して自分の時間を優先すべきか、という難問に直面した。感情的にならずに考えを整理するためには、妻と弟の不仲を正直に、義父である社長に報告し、相談するのが近道のように思えた。
解決策を見出さなければならない現実が目の前に迫る中、私は冷静な判断を下すことができず、第三者・大内啓司(おおうちけいじ)のアドバイスを、求めざるを得なくなった。
ところが、そのアドバイスがさらなる厄介な問題を引き起こすことになろうとは、その時点では、全く予想できなかったのである。
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