2.易者の話
「それがあんたのきいた話ですか」
易者がため息を交えて答えた。
「ああ、弟はその話を面白そうに俺に伝えて、それから殴り込みに行った」
「で、負けたんですか」
「待ち構えていた相手に刺された。出刃包丁で」
「なんてバカな話だ。刺したのは誰なんです?」
「あんたのお友達さ」
「……なんですって?」
一つ息をつくと、男は姿勢を起こして話を続けた。
「知ってるはずだ。このあたりのヤクザがいなくなってから来た半グレさ。
そいつはあんたの商売を認めるかわりにピンハネをしてる。
代わりにあんたが揉めたら始末に来てくれるケツ持ちだ。
「知りません」
「お前が弟のケンカを煽った、そのくらいならわざわざ来ねえんだよ。お前は弟とその話をしたあと、梧桐にその話を伝えた。だから頭にきてんだ」
「存じ上げません」
「すっとぼけんなよ」
「行くにしても、だったらその梧桐のところへ行ってくださいよ」
「梧桐は俺が殺した」
「なに?」
拳骨を握って易者の前に突き出した。
「こいつでだ。刃物に比べりゃ、こいつのほうが刑期が少なくて済む。間違ってやっちまった、殺す気はなかったって言い張るさ」
「空手ですか……」
「そうだ。弟も俺も、同じ道場でガキからずっとやってきた」
ごくりと易者がのどを鳴らした。
「もう一人、こいつでケリをつける相手があんただ。さ、極楽に行けるよう祈りな」
「冗談じゃない」
「もう遅え」
「まてわかった!」
易者が筮竹を置いて、両手をだしながらのけぞった。
「言うよ、言いますよ。梧桐は確かに俺のケツ持ちだ。だが一つだけ言わせてくれ。そのあんたの弟の話、一つだけ違うところがある」
「ああ?」
男が固めた拳骨を開く。
「私の卦には、あんたの弟が負けると出たんだ」
*
易者のところへ来た客は、まだ18歳だった。
白いデニムのジャケットに真っ黒な皮パン。ドクロやら羽やら手錠やらのシルバーアクセサリーを体中につけ、髪は金色に近い茶色に染めている。
少年が易者の机に手をついた。
「ケンカ買いにいくんだ。勝つか占ってくれ」
「喧嘩! あんたそんなことする必要ないよ!」
あっけにとられて、易者が叫んだ。
少年は眉と口をゆがめて、顔を相手に近づけた。
「聞いてるのは勝つか負けるかだ。やるかやらねえかの話じゃねえ」
「しかしあんた、運命ってのがある。それをあなどっちゃいけない」
「もったいぶるんじゃねえ。さっさと始めろや。先払いでもいいぜ」
「いやいや、そうじゃない。そういうことじゃないんだよ」
「なにが……」
「一週間以内に大地震が起きるんだぞ。そんな前に喧嘩とか、そんなこと、そんな話に大事な見料を使っちゃいけないよ」
「地震?」
「とんでもない大地震だよ。関東は全滅!」
「関東全滅?」
夜の新宿に少年の笑い声が響いた。
「ずいぶん大きく出たな」
「そうとも。それを聞いたら喧嘩なんかどうでもよくなるだろう?」
「いいや」
少年はポケットから皺だらけの5千円札を机にたたきつけた。
「世界がどうなろうが、ぶん殴らないと気が済まない奴がいるんだ」
「なんて客だ」
「占え。仕事だろ」
「仕方ないなあ」
そういうと、易者は
「負けるな」
易者が言った。
「へえ」
少年が呆れていった。
「俺が負けるって?」
「こいつがそう言っている。やめとけ」
三爻を指さしてつづけた。
「まあ、止めてくれんのは結構だ。でも当たるも八卦だろ。俺は行くぜ」
「そんなことはない。こいつは本当のことしか言わない。
当たるも当たらぬも八卦、そんなのはポンコツの言うことだ。
俺の易は外さない。あんたの喧嘩は負ける。
そういう運命だ。喧嘩なんかやめて、地震から逃げる準備でもしときなさい」
「じゃあ確かめてくるよ」
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