易者を殺しに来た男
梧桐 彰
1.男の話
運命があるとして、それはどのくらい信じる価値があるのだろう?
ある人は、運命があり、それは決まっているものだという。
占い師などの職業人は、特にそういうことがある。
しかし、それは本当だろうか?
運命はあるのだ、ということにして金を稼ぐ奴がいるだけで、実際にはその言葉を使って人を不幸にしているだけではないか?
少なくとも、今日、新宿の東口を出てきた男はそう思っていた。
彼は靖国通りに出ると、シャッターを下ろしたデパートの前、毎晩路上に店を出している大道易者へと向かっていた。
身なりは冴えていない。
パッゾデザインと書かれたトレーナーとH&Mのジーンズはどちらも傷みに傷んでいて、ところどころすり切れている。
靖国通りを踏む古びたスニーカーもギチギチ音を立てていて、遠からず壊れそうな安物だ。
髪はまとめられておらず、髭も剃られていない。
起きてそのままやってきたような風体だ。
ただ、その中身は不釣り合いに立派だった。
180センチを超える長身は肩幅こそ並だが、それぞれの骨に力強くバランスの取れた筋肉が巻き付いている。
しかも均整がとれていた。
肩も胸も腹も足も鍛えられており、そして姿勢がよく、視線が定まっている。
道を歩く中には、プロスポーツの選手だろうかと目を向ける者もいた。
男はシャッターが下りた店の前で音もなく足を止めると、易者の前で立ち止まり、表情を作らずに視線を落とした。
易者はなにげなく男を見上げ、男の背の高さに目を開いた。
「何か、お悩み事ですか」
と声をかけ、男の返答を待った。
易者は60歳よりも少し手前。
それらしい衣装、つまり着物に道行襟のコートを羽織り、帯と襦袢と足袋、足に雪駄に身を包んでいる。
茶人帽とよばれる四角い帽子を乗せた顔はやせていて目が少しくぼんでいるが、それ以上の特徴があまりない。
そのどこにでもいそうな占い師に向かって、大柄な男は白い布をはった机の上へ、バンと少し大きな音を立てて掌を乗せた。
「ちょうど一週間前にな」
男は易者を見降ろし、低く抑えた声を出した。
初老の易者は眼を伏せた。
面倒な奴かもしれないと顔をしかめる。
「茶色い長い髪したガキが来てるだろ?」
「ああ、占いじゃないならご勘弁ください。今はお仕事中なんですよ」
「そうはいかねえ」
「なんの話ですか?」
「茶色い髪、肩から腰にジャラジャラ変なアクセサリーをつけた男のガキだ。絶対ここに来たはずだ。こういうところへ来るタイプじゃねえから覚えてるはずだ」
「ううん」
「わかったよ、先に言っとく。いいか、そいつは俺の弟なんだ」
男は無精ひげをゆがめて話を始めた。
*
彼の弟は、まだ18歳だった。
白いデニムのジャケットに真っ黒な皮パン。ドクロやら羽やら手錠やらのシルバーアクセサリーを体中につけ、髪は金色に近い茶色に染めている。
少年が易者の机に手をついた。
「ケンカ買いにいくんだ。勝つか占ってくれ」
「喧嘩! あんたそんなことする必要ないよ!」
あっけにとられて、易者が叫んだ。
少年は眉と口をゆがめて、顔を相手に近づけた。
「聞いてるのは勝つか負けるかだ。やるかやらねえかの話じゃねえ」
「しかしあんた、運命ってのがある。それをあなどっちゃいけない」
「もったいぶるんじゃねえ。さっさと始めろや。先払いでもいいぜ」
「いやいや、そうじゃない。そういうことじゃないんだよ」
「なにが……」
「一週間以内に大地震が起きるんだぞ。そんな前に喧嘩とか、そんなこと、そんな話に大事な見料を使っちゃいけないよ」
「地震?」
「とんでもない大地震だよ。関東は全滅!」
「関東全滅?」
夜の新宿に少年の笑い声が響いた。
「ずいぶん大きく出たな」
「そうとも。それを聞いたら喧嘩なんかどうでもよくなるだろう?」
「いいや」
少年はポケットから皺だらけの5千円札を机にたたきつけた。
「世界がどうなろうが、ぶん殴らないと気が済まない奴がいるんだ」
「なんて客だ」
「占え。仕事だろ」
「仕方ないなあ」
そういうと、易者は
「勝つな」
易者が言った。
「へえ」
少年が呆れていった。
「止めねえんだ」
「俺は止めた。だがこいつが止めようとしない」
易者が
「適当に言ってんじゃねえのかよ。当たるも八卦なんだろ」
「そんなことはない。こいつは本当のことしか言わない。
当たるも当たらぬも八卦、そんなのはポンコツの言うことだ。
俺の易は外さない。あんたの喧嘩は勝つ」
「そうかい、ありがとうよ」
「でも、勝ってもどうにもならんぞ。あんたそれより地震の備えをしときなさい。
静岡か福島か、どっちかに逃げるんだ。そうすりゃ助かる」
「わかったわかった」
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