改心
木村はこの日から、約3ヶ月間、前川太郎として過ごした。もちろん、太郎の声で。2人は親子のように振る舞った。外出を断る木村にも、玉枝は不信感を抱く素振りも無く、木村に留守番を頼んで買い物へ出掛ける。玉枝は時折、木村を置いて友人と出掛けたりもしたが、木村の話は一切しなかった。警察に電話されるかも知れないし、何より自分の事を変だと思われてしまうからだ。
玉枝は年金と家族の保険金でお金には困っていないので、働かない木村に何も言わず、毎日、食事を与えてくれた。
一緒にテレビを見て笑う毎日。
一緒に DVD を見て悲しむ毎日。
一緒に食事をして喜ぶ毎日。
木村は疎遠になっていた実の母親よりも、玉枝の事を母親のように感じていた。そんな生活を3ヶ月も続けると、木村の心境は徐々に変化していく。そして、とある月曜日の朝、遂に木村は一大決心をしたのだった。
「お母さん、話があるんだ」
「どうしたの、太郎ちゃん。かしこまって……」
「お母さん、ビックリしないで聞いて欲しい。すぐには理解出来ないと思うけど、俺は殺人で指名手配されている木村一郎なんだ。今まで嘘をついていてごめん」
木村は深々と頭を下げた。だが、玉枝から何の反応も返ってこないので、顔を上げ、玉枝を見るが驚いた様子は無い。
「お母さん、ビックリしないのか?」
「ええ、だって……知っていたから……」
「!!」
木村は衝撃を受けた。自分の事を殺人犯だと知っていて一緒に生活してくれていたと言うのだから。
もちろん、玉枝は最初から分かっていたという訳では無い。木村が家に来た翌日に警察官が来て、指名手配犯の木村が脱走していると聞かされたのだ。もちろん、知らないと答えた。玉枝は、それでも息子の太郎が、殺人犯木村の身体を乗っ取って自分に接している可能性に期待したのだ。だが、1週間も生活すれば、徐々に違うということが分かってくる。さらに、木村一郎の事を調べ、声真似の天才である事を知り、太郎の声真似をしているのだと理解した。だからと言って、もう既に木村は玉枝の新しい家族のようなものだ。今は2人目の息子として接している。
「今までありがとう……。今までごめんなさい……。俺、出頭するよ」
「うん、身体に気を付けてね。面会にも行くから」
玉枝は木村が改心してくれた喜びと、息子が捕まる悲しさという、反対の感情が合わさって涙を流した。
木村は玉枝の家から電話を掛ける。玉枝に迷惑が掛かるので、公衆電話を探して、そこから掛けようかとも考えたが、病院から抜け出した後の事を、全て正直に話すつもりなので、いずれ玉枝の事もはなさなければならなくなると思い、玉枝の家から電話を掛けたのだった。
木村は数日前から玉枝への嘘を付いたという告白と出頭を考えていた。普通に警察署へ出向いても良いのだが、何故か、日吉に電話するのが事件の終結に最も適していると思えたのだ。
「もしもし。……お久しぶりです、日吉さん」
「どなたでしょうか?」
「……木村です」
「えっ?!」
「あなたに肋骨を折られた殺人犯の木村です。色々と御迷惑をお掛けしました。色々考えた結果、出頭しようと思いまして」
「どういう風の吹き回しだ? 今どこにいるんだ?」
「前川玉枝さんって方の家から電話を掛けています。住所は×××-×××です」
日吉は当然警戒する。前川玉枝を人質にとったのだろうかと考えていた。何故なら、木村には何度も騙されているのだから。だが、今回は違う。木村は騙すつもりなど毛頭無い。玉枝と過ごした日々で改心したのだ。純粋に、せめて日吉の手柄にしたいと考えていた。
30分後、日吉と小牧と野々村が勢揃いで木村のもとへやって来た。日吉の警戒に反し、木村はゆっくり両手をくっつけ、差し出した。その様子を見て、野々村が意外な事を言う。
「木村さん、出頭する前に、別の殺人犯逮捕に一役買ってくれませんか?」
「どういう事でしょうか?」
「一昨日、近くで殺人事件があったのは御存知ですよね?」
「はい、ニュースで見ました」
「その被害者の声真似で、犯人最有力の人物と電話をして欲しいんです」
そう、永田が安藤の幽霊だと勘違いし、自白に導いた立役者は木村だったのだ。
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