木村一郎再び
殺人犯を家に入れるなんて危なすぎる! と思うかも知れないが、木村は殺人鬼という訳では無い。逆恨みで殺されるかも知れないという恐怖感と、気になったら眠れないという神経質な性格から殺人を犯しただけなので、犯行を繰り返す事は無い。田中舞には恋愛経験の無さから感情的になり、やり過ぎてしまった部分もあったが、元々大人しい性格なのだ。
木村は病院から逃げ出した後、警察をやり過ごす為、他人の家の車庫で身を潜めていたところ、玉枝に声を掛けられたのだ。玉枝が傘を取りに行っている時、大音量のテレビから「お母さん」という声と「太郎」という声が聞こえた為、太郎の声真似をすれば、親近感が湧くかも知れないと考えたのだ。そして、表札の『前川』を見ていたので、前川太郎と名乗ったのだ。まさか、太郎が亡くなっているとは思いもしなかったのだが。
玉枝は玄関にバスタオルを敷き、スリッパを置いて木村に話す。
「どうぞ。靴下も濡れちゃってるでしょう? 脱いじゃってください」
「ありがとうございます」
木村は靴下を脱ぎ、バスタオルで足を拭いた後、バスタオルの上に脱いだ靴下を置き、スリッパを履いた。
「どうぞこちらへ」
玉枝は木村をリビングの椅子へ誘導した。
「ありがとうございます」
「ちょっと待っててくださいね」
玉枝は台所へ向かい、1分程で戻ってきて、マグカップを机の上に置く。
「コーンスープ入れました。インスタントですけど温まりますよ」
「ありがとうございます」
木村はスープを飲む前に、マグカップに両手を当て、雨で冷えた手を温める。
「外は寒かったでしょう? どうされたんですか?」
「……ええっと……」
木村は玉枝と目を合わせた後、目をそらして口ごもった。先程も玉枝から同じ質問をされたので、いきなり聞かれたから答えれないという訳では無い。実は、駐車場で聞かれてからテーブルにつくまでに回答を考えていた。玉枝の言った、家出というワードに乗っかるつもりで、父親と喧嘩して何も考えずに着の身着のままで家を飛び出した、と答えようと考えていた。だが、玉枝があまりに親切なので、この人に嘘はつきたくないと思ったのだ。とは言うものの、本当の事を言うのは、さすがに早すぎる。やっぱり、当分は嘘をつかないと、と考えているうちに玉枝から助け船が出された。
「あ、大丈夫ですよ。言いたくなければ言わなくて」
「……すみません」
「前川太郎さんって言いましたよね? 私の息子も前川太郎っていうんですよ。奇遇でしょ? しかも、お兄さんと全く同じ声なんです」
「……そうなんですね……」
「だから、親近感が湧いちゃって……。でも、先月亡くなっちゃったんです……」
「えっ?!」
木村は衝撃の事実に驚き玉枝を見る。玉枝は悲しそうな感じは出さず、淡々と話す。
「交通事故でね……。夫と息子とその嫁と孫……。皆死んじゃった……」
「……」
「親思いの自慢の息子だったんですよ……。孫の秀太も1番可愛い時期だったのにねぇ」
「うっ……うっ……」
「?!」
玉枝は木村を見て驚いた。泣いている! 他人の家の不幸話を軽く聞いただけで。
もちろん木村は、この話を聞いて可哀想だと思ったというのもあるのだが、見ず知らずの自分を親切に扱ってくれた事、その人を騙さなければいけない事、殺人を犯した事、愛する人を裏切った事、折れた肋骨の痛み、雨の中を病院から脱走してきた事など、現在の自分の状況も含めて、全てが悲しくなり、涙を流したのだった。
「あらあら、ごめんなさい。悲しい話しちゃって」
「うっ……うっ……」
「家へ帰れない事情があるなら、今日は泊まってくれても良いですよ」
「うっ……うっ……。本当ですか?」
「ええ、お風呂も入ってください。亡くなった主人のパジャマで良ければ使ってください。下着は確か新しいのがあったと思います」
「何から何までありがとうございます」
玉枝は木村の流した涙を見て、息子太郎の魂が乗り移っているという思いが更に強まった。そうで無いにしろ、他人の家の不幸に涙する人物が悪人とは考えないだろう。
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