謎の男
トラックとの正面衝突だった。ブレーキ痕が無かった為、居眠り運転ではないかと告げられた。トラックドライバーを含め、事故に関係した全員が死亡。可愛かった孫……優しかった1人息子……長年連れ添った夫……気遣いの出来る嫁……。
言われるがままに葬儀をあげたが実感は無い。細かな手続きは全て司法書士にお願いした。
息子太郎の家で遺品を整理していると、玉枝は太郎が読んでいた漫画を見つける。最近流行りの転生モノだ。
転生モノとは、主人公が死んで生まれ変わり、違う世界で生活する物語の事。
玉枝も、皆と一緒に死んで生まれ変われないのかと思った。生まれ変わって、もう1度同じ家族でやり直す事が出来たらどれだけ幸せだろう。だが、現実には、それは叶わぬ夢なのだ。
事故から1ヶ月が過ぎた。玉枝は、ようやく少しずつ元気を取り戻せてきた。息子の太郎は家族旅行が大好きで、玉枝も旅行によく誘われ、事ある
玉枝は、その日の夜も太郎から貰った DVD を見ながら皆の事を思い出し、時には涙を流していた。玉枝は右耳が難聴の為、音量は大きめで聞いている。
皆の映像を見ていると、死んだという事が夢のように思えてくる。何も無かったかのように、ただいま、と帰って来るのじゃないかとさえ、玉枝は思うようになっていた。
そんな中、窓の外に人影が見えた。暗くて少し
「どうぞ。百均の傘なので返さなくても良いですよ」
「ありがとうございます」
「?!」
玉枝は衝撃を受けた。その男の声は、息子の太郎と全く同じ声なのだ! さらに男性をよく見るとパジャマ姿だった。
「家出……でもされたんですか?」
「……まあ、そんなところです」
太郎そっくりの声を不思議に思っていると、男性は申し訳無さそうに話し出した。
「お母さん、雨宿りをさせてもらっている上で大変恐縮なんですが、タオルをお借りしても良いですか?」
「あ、ごめんなさい。持ってきますね」
男性が話したお母さんって呼び方があまりに息子太郎とソックリだったので、玉枝は不思議に思いながら脱衣所へ向かい、タオルを取って戻り男性へ渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
男性はパジャマの上からタオルで拭く。玉枝は暗闇に慣れてきたのか、男の顔が見えてきた。30過ぎに見えるその男性の見た目は全く息子とは違う。無精髭をはやし、随分と個性的な顔をしている。だが、声が息子と全く同じだ。玉枝はもう少し話がしたいと思い、質問をしてみた。
「お名前伺っても良いですか?」
「……前川太郎って言います」
「!!」
衝撃! 息子太郎に瓜二つの声、さらに、男性の名前は前川太郎だという。同姓同名なんて偶然は考えられない。
転生モノ……。
玉枝は太郎の魂が目の前の男性を乗っ取って、ここまで来たのかも知れないという誤った解釈をした。もちろん、そんな事はあり得ない。だが、太郎達がふとした拍子に帰ってきてくれると玉枝は願っていたのだ。1パーセント以下の確率でも信じたいという心境だった。他人の家の駐車場で雨宿りをしているパジャマ姿の男性なんて明らかに不審者っぽいが、息子かも知れないと思っている玉枝には怖いという感情は無かった。玉枝は男性に話す。
「温かいスープでも飲んでいきますか?」
「良いんですか?」
「どうぞどうぞ、玄関に回ってください」
「すみません。ありがとうございます」
普通に考えれば有り得ない状況だ。独り暮らしのお婆さんの家に知らない人物を入れるなんて危険過ぎる。
だが、問題無い。もちろん、この人物は息子の太郎が乗り移っている訳では無いのだが、窃盗や強盗目的でも無い。かといって、ただ単に雨宿りをしていたという訳でも無い。
では、一体何が目的なのか?
この男の目的は隠れる事だった。
誰から?
警察から。
そう、この男は病院から脱走中の殺人犯、木村一郎だ。
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