前川玉枝
「母さん、来月にでも温泉旅行へ行こうと思うんだ。父さんと一緒にどう? お金は出すから」
「え~、良いの? 結構かかるでしょう?」
「今回ボーナス良かったから気にしなくても大丈夫」
「ありがとう」
「あっ、ちょっと待って。秀太が話したいって」
「おばあちゃん! 一緒に行くの?」
「うん、うん。おじいちゃんも一緒に行くわ。秀ちゃん、会えるの楽しみにしてるからね」
「やった~! 車でトランプしよう」
「うん、うん。おやつ食べながら行こうか」
「わ~い、ポテチ買ってもらお。あっ、パパが代わってって。じゃあねー」
「は~い、秀ちゃんおやすみ~」
「おやすみ~」
「じゃあ、母さん、また連絡するよ」
「はい、おやすみ」
「おやすみ」
玉枝は電話を切った。
「何だって?」
玉枝の夫、太一が玉枝に聞いた。
「太郎が温泉旅行に連れていってくれるって」
「そうか、いつもいつもありがたいな」
「ええ、小さい頃から親思いの良い子だわ」
温泉旅行当日
「ごめんなさいね、急に調子悪くなっちゃって」
「しょうがないよ、ただの風邪だろ? まあ、ゆっくり休んでよ」
「行きたかったけど、うつしちゃ悪いから」
「おばあちゃん、また元気になったら遊んでね」
「うん、うん。秀ちゃんゴメンね」
「じゃあ、母さん、行ってきます」
「お義母さんお大事に」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
玉枝(68歳)は27歳の時、同級生であった現在の夫、前川太一と結婚した。程無くして子供を授かり、順風満帆な夫婦生活を送る。夫婦喧嘩などは、ほとんど無かった。1人息子の太郎は真面目で親思い。絵に描いたような幸せな家族。その後、太郎は結婚し、産まれた男の子に秀太と名付けた。
今日は楽しみにしていた、温泉旅行に行く予定だったが、当日になって風邪をひいてしまった為、玉枝だけ家に残る事になった。太郎の運転で、嫁の優子、夫の太一、孫の秀太が1泊2日の温泉旅行へ出掛けた。
(はあ、こんな日に風邪をひくなんて……。まだ、朝起きてそんなに時間が経っていないから、多分寝られないわ)
玉枝は風邪を治す為にと横になる。目を瞑るが寝れそうに無い。もし、自分も旅行に行けていたらと頭の中でシミュレーションする。
(行きの車では、孫の秀太とトランプ。でも、秀ちゃんはババ抜きしか出来ないからね。トランプに飽きたら、しりとりになるのかな。温泉施設には秀太が遊べるような遊具はあるのかしら。……ああ、ついてないわ)
玉枝は自分のツキの無さに嫌気がさし、考えるのをやめた。
玉枝はスマホの音で目を覚ました。寝られないと思っていたのに、風邪で体力を奪われているせいか、2時間も眠っていたようだ。電話は太一達からかと思いスマホを見ると知らない番号だった。迷惑電話の可能性もある為、玉枝は電話に出るのを
「もしもし」
「もしもし、警察です。前川玉枝さんですか?」
「えっ?! 警察?!」
「そうです。前川玉枝さんのお電話で間違い無いですか?」
「はい、そうですけど……」
「ご主人の前川太一さんが交通事故に遭われて重体です」
玉枝は血の気が引くのを感じた。
「今すぐ緑山病院に向かってもらえますか?」
「太郎……前川太郎は無事ですか?」
「後程、病院から連絡が入ると思います。取り敢えず、緑山病院へ向かってもらえますか? 場所は分かりますか?」
「調べて行きます」
「では、失礼します」
警察官と名乗る男性は電話を切った。
(お父さんが重体……。太郎は? 秀ちゃんは?)
玉枝はタクシーを呼び、緑山病院へ向かう。少し眠ったのと、衝撃のニュースで風邪も吹き飛んだようだ。タクシー内で、玉枝は全員の無事を祈る。だが、病院で最悪の事態を知る事になる。
家族全員死亡……。
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