安藤の呪い

翌日の朝

(ソロソロヤバいかも知れない。随分疑われている……。1億あるし、海外へ逃亡するか? 逃亡する国は何処が理想的なんだ? 日本人、中国人、韓国人が多く住んでいそうな国で、物価の安いところが理想だろう。カムフラージュ出来て、長く住める所が良い……。東南アジアがベストなのかも知れないな。声真似のトリックさえバレなければ大丈夫なんだが……)


そう、安藤を殺したのも、1億円を詐取した犯人も永田だ! 小牧と日吉は永田の殺人犯説には無理があると結論付けていたが、永田本人は、そんな風に思われているとは知るよしも無い。自分への操作があまりに早かった為、もうバレてしまうのではないかと思っていた。物取りの犯行に見せ掛ける為、スマホを捨てずに残しておいたからには最有力の容疑者になるのは分かっていた筈なのに……。これが、殺人犯の心理状況というものなのだろう。

永田は安藤を殺した後の2日間、うなされて眠れない日々が続いた。1億円の詐欺はともかくとして、簡単に殺人を犯してしまったのだ。何の罪もない安藤への罪悪感や、バレて捕まるのではないかという恐怖感が襲ってきていた。

それだけでは無い。血だらけの安藤が迫ってくる悪夢を常に見るし、目をつむるだけでまぶたの裏に不気味な笑みを浮かべた安藤が映し出されるのだ。

殺人を犯すというのは、これ程までに精神的に追い込まれるのかと、永田は殺人犯になって初めて気付かされた。


♪♪♪~

「!」

その時、永田の電話が鳴った。電話が鳴っただけでビックリするような心理状態だ。

(誰だ? また警察からか?)

永田がスマホを見ると、ディスプレイには信じられない名前が表示された。


『安藤大翔』


(何だって?! 安藤?! 警察官が安藤のスマホから掛けてきたのか?)

永田は恐る恐る電話に出た。

「もしもし?」


「永田さん。酷いですよ、私を殺すなんて」


「!!」

永田の身体に電流が走る! 目は瞬きをする事を忘れ、脳は過去の記憶をフル回転させる。間違いなく安藤の声だった。脇と背中が暑くなるのを感じた。


「永田さん、どうして私を殺したんですか?」


永田は言葉が出ない。理解が出来ない。先程まで暑いと感じていたのに、もう寒気がしだした。夢で見た、頭から血を流しながら迫ってくる安藤の映像が脳裏に浮かぶ。


(死んでいなかったのか? 確かに確認はしていないが……。いや、そんな筈が無い! あれだけ金槌で殴って死なないなんてあり得ない。そもそも、警察も安藤は亡くなったと言っていた……)


「永田さん、どうして私を殺したんですか?」


再び、死んだ筈の安藤が問い掛けてきた。

「……生きていたのか?」

永田は初めて聞き返した。

「何を言っているんですか? あなたが殺したんじゃないですか」

「……どこから電話しているんだ?」

「あなたが殴り殺した場所ですよ。あなたのせいで私は動けないのですから」


戦慄……。永田は幽霊など信じない。だからこそ、霊が出そうな薄暗く安い家賃のアパートに住んでいるのだ。だが、実際に自分が体験したとなると、信じざるを得ない。今、殺した筈の安藤が電話口で喋っている。殺した筈の男が生き返って話してきているのか、死んでいる男が話してきているのか……どちらにせよ恐ろしい……。


「どう責任を取ってくれるんですか?」


脳裏には、頭から血を流しながら迫ってくる安藤の映像が、先程よりも近づいて映し出された。

永田はビビってしまって声が出ない。下手な事を言うと呪い殺されてしまうかも知れない。人間界なら対処の仕様もあるが、霊界のルールは分からないので成す術が無い。


「永田さん、どうして私を殺したんですか?」


何も言い返せない。頭から血を流しながら迫ってくる安藤の映像は、今にも永田に手が届きそうだ。生前はイケメンと言っても良い顔立ちをしていた安藤だが、永田が殴った事により、向かって右側が大きく腫れ上がり、血だらけの為その面影は無い。苦悶の表情をしているにもかかわらず、時折、ギョロリとした大きな目で永田を睨み付け、不気味な笑みを浮かべて迫ってくる。


ガンッ……ガッ……!

永田は恐怖でスマホを落とした。そして、頭を抱え込むように膝を床につき、ブルブルと震えながら懇願するように叫んだ。


「わああ、許してくれ! 後悔してるんだ! そんなつもりじゃなかったんだ!」

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