ルートエル

翌週の土曜日

安藤はテレビ収録を終えた関本を頭を下げながら迎える。

「お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ。安藤、今日はこれで終わりやったよな?」

「はい。ホテルに御案内します」

「売れっ子は大変やわ。休みが全く無い。ありがたい事やが……。何が本業か分からんようになってきたな」

「そうですね」

安藤は取り敢えず話を合わせたが、関本は株に関しては既にほぼノータッチなので、タレントが本業ですよ、と心の中で思った。その時、ふと安藤は株の事を考えて思い出した。そういえば、ルートエルから何の音沙汰も無いという事を。

「関本さん」

「ん?」

「ルートエルからまだ受領書が届いていないんですが」

「るーとえる? 何やそれ?」

「えっ!? ちょ、ちょっとすみません」

安藤はまさかと思い、急いで株式会社ルートエルに電話を掛けた。

「お掛けになった電話番号は現在使われておりません……」

安藤はやられた! と思った。だが、ルートエルへの振り込みの件は関本からの依頼だ。関本が知らないのは、おかしいと思い質問する。

「関本さん」

「何か問題があったのか?」

「先週、私に株式会社ルートエルへ1億円の振り込み依頼をされましたよね?」

「1億円?! いや、しとらんし、ルートエルなんちゅう会社は聞いた事が無いぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

安藤は関本の返答に焦ったが、こんな時の為に録音アプリをインストールしているんだと冷静になった。安藤は録音アプリから、問題の通話履歴を再生させ、関本に聞かせる。


「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」

「どうかされました?」

「ちょっと振り込みをお願いできるか?」

「かしこまりました」

「株式会社ルートエルへ1億円で」

「えっ!? 1億円ですか?」

「そうや、宜しくな」


関本は驚いた後、話し出す。

「確かにワイの声のようや……。泥酔しとる感じでも無いな……。となると……」

「関本さん、1週間ぐらい前に永田と食事に行きましたか?」

「……ああ、行った」

「となると、この声は永田? いや、永田はこんなそっくりに声真似は出来ない……」

「安藤、警察には言うなよ」

「えっ?!」

安藤は関本の意外な言葉に驚く。

「1億程度の端金はしたがね、詐欺にあった事をバレる方がイメージダウンや。1億程度で警察に連絡するケツの穴の小さい男やと思われてまうからな。最悪、マスコミにバレたとしても、1億程度、詐欺師にくれたったわ、ガハハって言うたったらええ」

「……そうですね」

「まあ、安藤は何も悪ない。そもそも、痛くも痒くも無いしな」

「分かりました」


安藤は関本をホテルに送り届け、安藤も自分の部屋に入り考える。

(どういう事だ? 確かにディスプレイには関本さんの名前が表示されていた……。となると、関本さんのスマホから電話を掛けてきたのは間違いない。俺が思い付く可能性は3つ。

1つ目は、関本さんが嘘を付いているという事。関本さんは警察には言うなと言った。という事は、関本さんが何かたくらんでいる可能性はある。だが、何の為? 今のところ理由が分からない。

2つ目は、永田が関本さんの電話から掛けてきたという事だ。そうなると、永田が関本さんの声真似をして掛けてきたという事になる。だが、永田がこんなそっくりに関本さんの声真似が出来るとは思わない。

3つ目は、2人の共犯だという事。普通に考えると、これが1番納得できる。だが、関本さんにとってメリットが少ない。天下の関本多朗が罪を犯して1億円程度を得るだけなのだから。

やはり、2つ目の永田犯人説が最有力だろう。あとは、関本さんの声真似トリックが分かれば……)


安藤は永田に電話を掛けた。

「もしもし、永田です」

「お疲れ様です。安藤です」

「どうも、お久しぶりです」

「永田さん、今ってどちらですか?」

「家ですよ? どうかしましたか?」

「私、近くのホテルに泊まっているのですが、少し会ってお話出来ますか?」

「大丈夫ですよ。家に来てくれますか?」

「分かりました。伺います」


安藤は電話を切り、タクシーで永田の家へ向かう。

安藤は1度だけ永田の家に行った事がある。売れていないモノマネタレントっぽく、かなり古めのワンルームマンションだった。前は玄関先で話しただけだったが、入り組んだ場所にあるなという印象があった。

ホテルからは約15分。大通りでタクシーを下りるとそこから細い路地を歩いて5分ぐらいだ。

安藤はあまりの暗さに目を慣らしながら進む。大通り沿いは交通量が多い為、色々な店が並んでいる。だが、少し入ると細い路地が入り組んでおり、夜になると結構暗い。進めば進む程暗くなっていく。大通りの車の音しか聞こえない。お化けでも出るんじゃないかという程、嫌な雰囲気だ。電信柱の街灯を頼りに安藤は進む。


タッタッタッタッタッ……

背後から小走りの足音が聞こえて来た。安藤に近づいているようだ。安藤はゆっくり振り向く。

ゴッ……

「!!!」


安藤は目の前が真っ暗になった! 後頭部を殴られたようだ。誰に殴られたのかを知る為、振り向こうとするが、脳がその思考を停止するよう命令した。

ドサッ

安藤は前のめりに倒れた。だが、まだ何とか意識はある。

ゴッ……ゴッ……

追い打ちをくらい、安藤は絶命した……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る