自粛

その後、3人で何度も会食を行うようになった。永田は関本と親しくなり、安藤抜きでも関本と会うようになった。

当然の事ながら、安藤、関本、永田だけでなく、一般人誰でもモノマネ新人王のチャンピオンとなった永田の仕事が忙しくなる事を容易に予想出来た。だが、そうはならない。永田も言っていたが、木村が脱走した影響で、モノマネマスクの使用を自粛させられたのだ。モノマネマスク無しでメディアに出る事も考えられたのだが、事務所の方針により、木村が捕まるか、国民の反響が薄まってからとなったようだ。それまでは営業のみ。地方の営業ならば、モノマネマスクが使用出来る。

だがそんな中、衝撃のニュースが流れた。


『モノマネタレントの永田光彦さん、反社会勢力から金銭授受』


永田は営業を行なった相手が反社会勢力だと知らなかったのだが、この時代、コンプライアンスを重視する流れの為、半年以上は活動を自粛せざるを得ないだろう。


(永田さん……運が無かったな……)

安藤は、今回の事件での永田の運の無さを、過去の自分の運の無さに重ね同情した。

そんな事を思っていると安藤のスマホが鳴った。ディスプレイに関本の名前が表示されている。

(関本さんか……。永田さんの事かな?)

安藤は電話に出る。

「関本さん、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」

「どうかされました?」

「ちょっと振り込みをお願いできるか?」

「かしこまりました」

「株式会社ルートエルへ1億円で」

「えっ!? 1億円ですか?」

「そうや、宜しくな」

そう告げるや否や、直ぐに電話を切られた。

安藤は疑問を抱いた。関本はいつも、新規のファンドマネジャーには1,000万から契約し、1年毎、信用出来れば倍々になっていく方針をとっていた。現在、10社と契約していて、最も預ける金額が高い会社でも、3億2千万円での契約だ。1億契約になるには4、5年かかる。


(ルートエルって会社は信用できるのか? 取り敢えず調べる必要があるな。経営やタレント活動が順調だから1億スタートに変えたのか?)


安藤は自分の株で失敗してから、決断は全く行わない。違うんじゃないか? と疑問を持っても、全て関本の言われた通りに行う。今までもそうしてきた。それで、今のところ全て順調に進んでいる。ひとえに関本の人柄によるものが大きいのだろう。エスソースは関本が社長だし、そもそも、決断する者が複数いると上手くいかない。

役人多くして事絶えず、ということわざがある。リーダーは1人の方が良い。

まあ、1億の詐欺にあったところで、エスソースが傾く程のダメージは無いし、責任は全て関本だ。そんな事は言っていないと水掛け論にならないように、予め、安藤はスマホの録音アプリをインストールしている。だからと言って、秘書なのでノータッチとは当然ならない。

安藤はインターネットで株式会社ルートエルを調べたところホームページがあり、電話番号も載っていたので直ぐに電話を掛けた。

「お電話ありがとうございます。ルートエルです」

事務員が男性の声だったので、珍しいなと思いながら話す。

「もしもし、エスソースの安藤と申します」

「いつもお世話になっております」

「お世話になります。弊社の関本から、御社に振り込みの依頼がありまして……」

「伺っております。1億円ですね。お振り込みが確認出来次第、受領書を送付致します」

「承知しました。それでは、宜しくお願いします」

「ありがとうございます。小松が承りました」

「失礼します」

安藤は電話を切った。問題無さそうだと納得し、その後、いつものように銀行で振り込みを済ませた。

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