8年後の約束

『桜の花』店内

舞の母親は1階には居ないようだ。恐らく2階の部屋に居るのだろう。

「舞ちゃんありがとう。急に会ってもらって」

「いえいえ、木村さん大変な状況だから、ちょっとでも力になれたらと思って……。取り敢えず、新しいモノマネマスク渡しておきます」

「あ、そうだね、ありがとう」

舞は自分のカバンから透明のビニール袋に入ったモノマネマスクを取り出し、木村へ渡すと厨房へ向かう。木村はお金を払う事も忘れて話す。

「ニュース見てるなら知ってるよね? 俺、どうすれば良いかな?」

舞は木村の質問に答えず、厨房の冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出し、グラスを2つ用意して注ぐ。そして、両手でオレンジジュースの入ったグラスを1つずつ持ち、黙ったまま1番奥の席まで歩いてテーブルに置いた。

「ここ、1番良い椅子なんで、こっちで話しましょう」


木村と舞は移動し、座ってジュースを1口飲んだ。すると、舞は自分の考えを話し出す。

「取り敢えず、詐欺の件ですが、木村さんは完全に被害者なんで、会見で正直にありのままを話せば良いですよ」

「仕事に影響無いのかな?」

「もちろん、1ヶ月ぐらいは仕事入らないですけど、それも徐々に入るようになりますよ。人の噂も75日って言いますもんね。あ、それだと2ヶ月半掛かっちゃいますけど……」

「そうか、取り敢えず、明日の会見でちゃんと話せば大丈夫そうだな」

「それよりも大きな問題があります」

「ん?」

「木村さん私に隠し事してないですか?」


『桜の花』には大きな窓があるのだが、そこから外を見ると、夕焼けが綺麗に空を染めていた。

「隠し事? 浮気なんかしてないよ?」

「真面目な話してます!」

舞は真剣な眼差しで声を張り上げた。

「何だろう?」

木村は何の事か分からないという表情だ。舞は立ち上がって話を続ける。

「私、この歳まで真面目に生きてきたつもりです。嘘をついた事もあると思いますが、とにかく真面目に生きてきました。正しい事をしてきたつもりですが、初めて悪い事をしようとしました」

「?」

木村はまだ状況が飲み込めていないようだ。

「これが友情なのか、愛情なのか、よく分かりませんが、犯罪者を助けようと思ったんです」

「!!」

木村の表情が一変した。細い目を目一杯見開く。舞は入り口扉の方へ歩きながら話を続ける。舞は緊張なのか恐怖なのか悲しさなのか悔しさなのか、声が震えている。

「今回も、木村さんは私を頼りにしてくれました。前回も、その前も……。気付きませんでしたが、私って、そういうのに憧れがあったみたいなんです。頼られたい願望っていうのかな? ピンチをチャンスに変える能力を活かせる場が欲しかったのかも知れません。でも……」

舞は続ける。

「木村さんは殺人を犯した事を話してくれませんでした」

「!!!」

木村はオレンジジュースの入ったグラスを右手で握り、飲もうとしていたが、飲むタイミングを逸し、じっと舞を見つめて話を聞く。

「もし、木村さんが米山を殺してしまった、どうしたら良い? と私を頼ってきていたら、何とか助けようとしたと思います。正義感より、友情や愛情を取っていました」

「君は、こんな頼りなくてブ男な俺を好きでいてくれたと言うのかい?」

「友情なのか愛情なのか分かりませんが、一言で言うと『好き』でした」

木村は舞の本心を聞き、馬鹿な事をしてしまったと後悔したように見える。

「そうか……。もう遅いかもしれないけど、俺は今からどうすれば良い??」

「自首してください。野々村さんにバレてるので出頭になるかも知れません」

「バレてる? 米山を殺したのが俺だってバレてるというのか?!」

「はい」

「信じられないな。まあ、そこは置いといて、自首してどうなるんだ、俺は?」

「もちろん捕まりますよ。殺人犯なんだから」

「助けてくれよ。ピンチをチャンスに変えるのが君の能力だろ?」

「自首すれば助かりますよ。殺したのは詐欺師なんで、10年……いや、木村さんの人気なら8年で出所出来ます」

「8年も待ってられないよ。モノマネはどうする? 1ヶ月後に仕事が出来るって言ったじゃないか!」

「真面目に考えてください!!」

舞は少しだけ入り口の扉を開けた。

「至って真面目だよ! 俺は舞ちゃんに会ってから人生が変わったんだ! 誰にも相手にされない、ただの不細工だったのが、華やかな世界で成功出来るかも知れないんだ!」

「立たないでください!! 座ってください!!」

木村は中腰のまま静止した。

「……8年後に君は俺と結婚してくれるのか?」

「は?」

「刑務所で8年過ごした後に俺と結婚してくれるのなら自首する。約束してくれ」

「出来ませんよ」

「何故?」

「8年後の気持ちを約束なんて出来ないでしょう?」

「じゃあ、見逃せよーー!!」

木村が逆上して突進してきた! 舞は少し空いた扉から飛び出し、扉を閉め、叫んだ。

「日吉さん助けてーー!!」

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