米山の過去

車を走らせて10分、オフィスビルから少し離れたところで2人は車から降りた。

「お母さん、ありがとう。帰りは電車で帰るね」


木村は米山のオフィスの方を指差しながら話す。

「あの、オフィスビル2階の部屋なんだ」

「分かったわ。あとは、私から警察へ連絡するから時間稼いどいて、まあ、普通に録音してれば大丈夫」

「分かった」

(若い女性なのに無茶苦茶頼りになる。よし、ラスボスと対面だ)


木村は1人で事務所の前まで来た。

コンコンコン

「こんにちは、失礼します!」

「やあ、木村さん。改めておめでとう。自分の事のように嬉しいよ」

「ありがとうございます」

「失礼ながら、あなたの顔だとラジオしか無理だと思ってたけど、仮面を付けるなんて方法があるとはね」

「モノマネマスクって言うんです」

「モノマネマスクか、カッコいいな。まあ、成功すれば何でも格好良く聞こえるから不思議だよな」

「そうですね」

「で、今回も要領は同じなんでテンポ良く行こうか」

「そうですね」


レコーダーから1人目の声が流れてくる。米山との普通の会話だが、木村は相手の話し方が素人過ぎると感じた。先入観があるからだろう。

「あ、台本」

「ああ、忘れてた。もう何回もやってるから覚えてるんじゃない?」

「ははは、そうですね」

(そうだ。たしか、これが7回目なんだ。一言一句は覚えていないが、ダメ息子が事業に失敗して、母親から300万を借りるというシーン。オレオレ詐欺の典型的なやつじゃないか。しかも、人気の連続ラジオドラマだって? 面白く無さすぎる。こんな事に気付かないなんて……)


淡々と声を聞いてセリフを言うの繰り返し、同じ事過ぎてテンポが良過ぎた。4人終わって30分も経っていない。

「すみません、何か飲み物とか有りますか? ちょっと喉が渇いちゃって」

「コーヒーとか淹れようか?」

「いえ、コーヒー飲めないんで」

「あ、確かそうだった、ミルクティー頼んでたよね」

「水でも良いですよ」

「ミネラルウォーターがあるよ、ペットボトルのままでいい?」

「大丈夫です」

(しまった……。コーヒー淹れさせれば時間稼げたじゃないか、なにやってんだ)

木村はミネラルウォーターを飲んだ。気持ちゆっくりめで……。


「では、ラストお願いします。」

最後の1人の声を再生しているときに、周りが騒々しくなった。

コンコンコン

「失礼します」

米山はドアを開けようと近づいたが、それより早く、外からドアを開け、男性が入って来た。警察官の小牧だ。

「どうしました?」

米山は急な来客に驚きを隠せない。

「警察です。ちょっとお話良いですか?」

米山は瞬時に状況を把握した。

「木村、お前!」

「米山さん、3日やそこらで1,000万円以上荒稼ぎしたんですか? 凄いですね。その1,000万の年貢、今、納める時ですよ」

「お前……覚えてろよ!」

米山は今では誰も言わないような捨て台詞を吐いたかと思うと、窓際まで走り、窓を開け、2階にもかかわらず窓から飛び降りた。

「!!」

それを見た小牧が窓までダッシュし、大声で叫ぶ。

「日吉~!! 逃げたぞ、追え~!!」

下で警察官の日吉がちょうど待っていて、追い掛け出した。米山との差は10メートルぐらいか。

「あれぐらいの差なら日吉なら直ぐ追い付くな。日吉は現役のプロボクサーだ」

「いや、追い付かないですよ」

その場に居た1人の警察官が意外な事をつぶやいた。全員が何を言っているんだという表情で彼を見る。

「俺、陸上やってたから知ってるんですけど、米山って、今年引退した1,500メートルの元日本チャンピオンです」

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