冤罪

「じゃあ、乗ってください。日吉! 木村さん見ててくれ、ちょっとコンビニまで飲み物買いに行ってくる」

「承知しました」


ここからコンビニまでは50メートルぐらいあるが、駐車場の無いコンビニなので歩いて行くようだ。

後輩であろう日吉は、一旦運転席に腰掛けたが、タバコを吸うのか外に出た。ふと、木村が助手席を見るとスマホが置いてある。日吉は少し離れたところで電子タバコを吸っている。木村はスマホを手に取り操作してみた。ロックが掛かっていない。恐らく先輩のスマホであろう。電話検索をしてみると日吉の名前があった。ワンタッチで日吉に掛けると、日吉はタバコを吸うのを止め電話に出た。

「お疲れ様です、どうしました?」

「日吉、ちょっとこっちへ来てくれ」

木村は先輩の声真似で話した。

「小牧さんどうしました? 木村はどうします?」

「有名人なんで逃げないだろ、直ぐに来てくれ」

日吉はダッシュでコンビニへ向かった。それを見て木村は車から飛び出し走った。

木村は逃げ出したら罪が重くなるかな、とか少し思ったのだが、逃げ出すチャンスがあったので衝動的に逃げ出した。


無実の罪で容疑者と思われてしまった時の対応は難しい。木村は電車での痴漢冤罪が頭をよぎった為、逃げ出した。電車での痴漢は無実の立証が難しく、最悪、泣き寝入りして犯人と言ってしまった方が得とまで考えられる事もあるからだ。さらに、痴漢は基本的に現行犯逮捕の為、あまり良い方法では無いが、逃げ出すという選択肢もゼロでは無い。だが今回、木村の詐欺罪のケースは現行犯で無くても逮捕できる。逃げ出したところで、後でゆっくり捕まえれば良い話だ。要するに、逃げるのは詐欺グループの一味と思われるばかりでなく、罪も重くなり、デメリットでしかない。


木村が適当に真っ直ぐ走ったところ、偶々たまたま、舞とディナーをした『アランチョ』が見えた。その前に『ダンデライオン』という喫茶店がある。木村は取り敢えず店の中なら当分見つからないなと考え、喫茶『ダンデライオン』の扉を開け、中に入った。

「いらっしゃい……ませ。1名様ですか?」

何時ものように、店員は木村の顔を見て驚いた。

「はい」

「ご案内いたします。こちらの席へどうぞ」

店内は奥に4人組のおばさんがいるだけだった。

「え~っと、ロイヤルミルクティーをホットでお願いします」

「えっ? ホットで宜しいですか?」

「あ、お願いします」


息を切らしながら汗だくで走ってきて、ホットのミルクティーとか訳の分からない注文をしてしまった後、舞へ電話を掛けた。

「おめでと~、イエーイ! 木村さんなら絶対優勝だと思って……」

「舞ちゃんゴメン、ちょっと聞いて」

木村は周りを気にして小声で話す。

「ん、また得意の冗談?」

「ゴメン、違うんだ。今すぐ『アランチョ』の前の『ダンデライオン』って喫茶店に来てくれないかな」

「えっ?」

「ゴメン、理由は後で。直ぐ来てくれる?」

「10分以内に行きます」

「ありがとう、待ってるよ」

木村は電話を切った。

(舞ちゃんは賢いから何か気付いてくれるかもしれない。とにかく、俺には訳が分からないから、端的に説明するために整理しておこう。あっ!)

木村は呼び鈴を押した。

「店員さん、オレンジジュース2つ、今から友人が1人来ます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る