合格
「お~、凄い~!」
審査員の1人が大きめの声で誉めた。残りの2人からも強めの拍手が聞こえてくる。オーディション参加者もざわついている。
「面白いしそっくりです。その仮面の出来も良いですね。合格決定です」
「ありがとうございます!」
「明日、13時からリハーサルと本番がありますので予定空けといてください。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
木村はテンション高めに、審査員達に礼を言いながら深々と一礼し、オーディション会場を後にした。
(やった。絶対大丈夫だと思ってたけど、ミスもなくやりきれた。舞ちゃんに報告だな、今2時半か、仕事中だから後にしよう)
最高の気分だった。オーディションに合格したという達成感、舞との努力が実ったという充実感、期待に応えられたという満足感、ミスなく出来たという安心感、声真似では1番だという優越感、全てがこの時にやってきた。
1人でこの余韻に浸りたい気持ちと、舞と分かち合いたい気持ちも共存して、フワフワした気分だった。
(取り敢えず家に帰って落ち着いてから報告しよう)
1時間掛けて自宅に戻ると、郵便受けに1枚の封筒が入っていた。手にとって封を切り、中身を確認する。最初のオーディションの不合格通知だ。普通であれば、落ち込むハズなのだが、もちろん、落ち込む事など微塵もない。
(記念にとっておこう。これから、何かあった時の教訓に出来るかもしれない)
冷蔵庫から飲み物を取り出し、500mlのペットボトルを半分程飲む。「ぷは~っ」と息を吐きながら時計を見ると、時刻が3時を回っていたので、舞へ報告の電話を掛ける。
「もしもし、どうでした?」
「オーディションの結果なんだけどね……」
木村は前回のお返しとばかりに、暗い雰囲気で落選した感じを出しながら話す。
「……」
「合格でした!」
「ふふふ。バレバレですよ。おめでとうございます」
「ありがとう。今日の夜空いてるかな? オーディション合格したらデートしてくれるって言ってたから」
「いやいや、言ってないですよ! でも、大丈夫です。今日はお祝いに私が奢ります!」
「いやいや、それは悪いよ」
「大丈夫です。これから、木村さんブレイクして服とか色々買って貰うんで、ふふふ」
「お、いいね、その作戦。じゃあ、今日は奢って貰おうかな」
「じゃあ、セッティングします。午後6時に『桜の花』集合で良いですか?」
「了解!」
その日のディナーは、舞ちゃんが知り合いのシェフのフランス料理店だった。社交的な性格なので知り合いが多い。1階は駐車場になっており、車を4台停められるスペースがある。小さなお店だがお洒落だ。味はと言うと、昨日のイタリアンも美味しかったが、今日のフレンチも負けていない。
「美味しかったよ、ご馳走様」
「美味しかったですね。月1ぐらいで来てるんです。平日だったらお客さんも少なめなんで、知り合い価格で半額にしてもらえるんです」
「ほんと知り合いが多いね。羨ましいよ」
「明るさだけが取り柄です!」
「明日、夜、生放送見られそう?」
「大丈夫です。応援します」
「ありがとう。頑張るよ。今からちょっと明日の練習するよ、持ち時間1分に調整しないといけないし」
「頑張って下さい。緊張さえしなければ、木村さんなら絶対大丈夫です」
「じゃあ、また、良い報告するよ。さよなら」
「了解です。おやすみなさい」
木村は『桜の花』で舞と別れ、1人徒歩で自宅へ帰りながら今日の出来事を振り返る。
(モノマネマスク、オーディション、舞ちゃんとのディナー……。全てが順調に進んでいる。少し前までの、勤めていた会社の倒産、会話の無い生活、オーディションの落選と、
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