オーディション

翌日

9時半に木村は『桜の花』へ徒歩で舞を迎えに行き、2人で電車に乗る。2駅進んで降りた後、歩いて向かう。

米山のオフィスの近くだったので、木村は奇遇だなと思いながら周りを見渡す。


「あっ、中谷さ~ん」

いかにも仕事が出来そうなスーツ男性が手を軽く振っている。

「おはよう、舞ちゃん。あ、おはようございま……す、あなたが木村さんですね」

中谷は木村を見てギョッとしたようだが、それを隠そうとしながら話す。

「そうです。おはようございます」

「早速見て頂けますか? 納得してもらえると思いますよ」

中谷は完成したモノマネマスクを見せた。

「おお~、三浦アナもモリカズもカッコいい。そして軽い」

「モノマネ用だと聞いて使いやすいように軽量化しました」

「木村さん、ちょっとやってみてよ」

木村はモリカズのモノマネマスクを手に取った。

「お嬢様の仰せのままに」

「きゃ~、超カッコいい」

「おお~、流石ですね。そっくりです」

「ありがとうございます。そうだ、お金……」

木村は茶封筒を中谷に渡した。

「ありがとうございます。では、こちらが受領書です。で、こちらにサイン頂いて良いですか?」

木村は受領書にサインをした。

「凄く良い出来のマスク作っていただいてありがとうございました。では今から、このモノマネマスク使ってオーディション合格してきます」

「頑張って来て下さい」

「絶対受かるよ!」

「じゃあ、舞ちゃん駅まで一緒に行こうか」

「はい」

2人は駅まで歩く。

「じゃあ、送れないけど」

「はい。頑張って来てね」

「行ってきます」


最初のオーディションも落ちる気は無かったが、不安要素は幾つかあった。だが、今回のオーディションは落ちる理由が全く無い。今日のオーディションは合格発表が当日で、合格者は翌日の生放送に出演する事が決定している。

1時間程電車に揺られ、徒歩5分。テレビ局のオーディション会場に着いた。前回、見た顔もチラホラ。前回に声を掛けてくれた男はいないようだった。

(彼が俺に声を掛けてくれた事が全ての始まりだったんだよな。軽くお礼を言いたかったんだけど……)


「オーディション参加者は、こちらへ集まってください」


オーディションが始まった。木村は5番目のようだ。順番に参加者が呼ばれる。オーディション会場の様子は見えないが、声は少し聞こえる。皆、一様にモノマネが上手く面白い。オーディションを落ちたからと言っても、合格者と遜色無いように思う。

4番目の参加者が呼ばれた。徐々に緊張が高まる。

(大丈夫、今回はモノマネマスクがあるんだ)

木村は左の手のひらに、『人』という字を3回書いて飲み込んだ。


「では、次の方、木村一郎さん」

「はい! 宜しくお願いします!」

(よし、やってやる)

程よく緊張感があり、やる気がみなぎっている。木村が会場に入ると、いつものように、3人の審査員が木村の顔を見てギョッとするが、気にせず、三浦アナのモノマネマスクを左手に持ち、自分の前の床に他の2枚を置いて準備した。


「早速どうぞ」

木村はモノマネを開始する。

「では、最初は三浦アナのモノマネから」

木村は三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似をして話し出す。

「おはようございます、ハッピーモーニング司会の三浦です。今日はロケ現場にお笑い芸人のリターンエース豊さんが行っています。豊さ~ん」

木村は素早く床に置いてあるリターンエース豊のマスクを持ち、三浦アナのマスクを床に置く。そして、豊のマスクを顔に当て、豊の声真似で演じる。

「Y o! Y o! ヒップでホップな1分間! Y o! 突き指するから避けて! 即座にスタジオにリターンします!」

素早く豊のマスクを床に置き、三浦アナのマスクに持ち替え、三浦アナの声真似で話す。

「豊さんありがとうございました。スタジオには人気俳優の森岡一哉さんが来てくれています。モリカズさん、宜しくお願いします」

素早くモリカズのマスクを拾い上げ、三浦アナのマスクは左手に持ったままモリカズの声真似で話す。

「宜しくお願いします」

三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似で話す。

「ファンの皆さんに決め台詞頂いて良いですか?」

モリカズのマスクを顔に当て、モリカズの声真似で演じる。

「今からお迎えに参ります。お嬢様の仰せのままに」

三浦アナのマスクを顔に当て、三浦アナの声真似で話す。

「ありがとうございました。それでは一旦CMです。……以上です」

木村は審査員に一礼をした。

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