デート

木村は、あまりの想定外の展開についていけていなかった。高揚しているのがバレないように即座に店を出たが、いつもと違う行動だから違和感を持たれているだろう。木村は取り敢えず、家に帰って身だしなみを整えようと考えた。

『桜の花』から歩いて5分ぐらいの 1K のアパートはゴミこそ散らかっていないものの、男性の独り暮らしだけあって汚かった。服が山積みになったままだ。洗濯し、乾燥機にかけた後、畳まずにそのまま積み上げてある。暇な時に片付けようと思いながら、暇もあるのに片付けていない。木村は左足で洗濯物を軽く避け、姿見の前に立った。

(ええと、どうせ顔は変えられないんで清潔感のある格好で行こう。そもそも今日はオーディションだったから、ちゃんとした格好ではあるな。髪の毛はワックスでアップにしておこう。髭も、もう1回剃っておこう。香水は……微妙かな。除菌シートで汗だけ拭いておこう。……あとは、店の予約だな)

木村が色々と考えているうちに電話が掛かってきた。登録されていない番号だ。『桜の花』の女性店員だと思い、ドキドキしながら木村は電話に出る。

「もしもし?」

「もしもし、田中です。『桜の花』の」

「ありがとう、掛けてきてくれてホッとしたよ。今、終わったところ?」

「そうです。今から準備するんで、4時に『桜の花』の前で待ち合わせでどうですか?」

「じゃあ、そうしよう」

「では、また後で」


木村は電話を切り、着信履歴からスマホに番号と名前を登録する。

(桜の花田中……っと。4時か……。1時間後だな。取り敢えず店の予約を……。女性が喜ぶ食べ物と言えば、パスタ? 寿司? 折角だからコース料理が食べたいな。そういえば、最近新しい店が出来てたな。あれはイタリアンか? 調べてみよう)

スマホで検索すると、アランチョという名のイタリア料理店のようだ。コースは3,500円からで、メインをグレードアップしてドリンク付けたらちょうど5,000円位になるようだ。ホームページ上に電話番号も載っていたので、そのまま掛け、無事に予約完了した。

(ふう、ひと仕事完了。あと、何かいるかな? プレゼントとか花とかは、やりすぎだな。あっ、天気を見ておこう)

その日は問題なく晴れのようで、絶好のデート日和。現在の時間は待ち合わせまで30分前。行きながらデートプランを考えようと、木村は家を出た。

デートプランを考えながら、歩いて5分ぐらいで『桜の花』が見えた。当然、田中は来ていない。ふと目を下にやると、右足のズボンの裾が一部汚れているようだ。パッパッと払ってみたが汚れは取れない。面倒だが時間も少しあるようなので、家に帰って軽く洗おうと考えた。

大した汚れでは無かったが、木村は変に神経質なところがある。部屋が汚いのは気にならないくせに、壁のシミを見つけると消すまで寝られないという事もしばしばだ。

木村は来た道を通り、また5分掛けて家に戻る。デートプランを考えたいが、ズボンの汚れが気になって考えられない。

家に着き、洗面台でタオルに水を付けて軽く洗ったところ、目立た無くなったが、完全には落ちないので、脱いで洗おうと考えた。ズボンを脱ぎ、水洗いでしっかり洗ったところ、汚れは落ちた。それをドライヤーで乾かす。

20秒程度ドライヤーを当てると、ズボンが乾いたので履きなおした。その時、スマホの時刻を見ると4時の1分前だった。木村は自分のミスに気付く。直ぐに家を飛び出し、ダッシュで『桜の花』へ向かった。『桜の花』が見えたが前には誰もいない。息を切らしながらスマホの時刻を見ると4時1分だった。まさか、怒って帰った訳じゃないよな、と木村は焦った。

時間通りに集合していなかったら、即帰るという人が時々いるようだが……。そういう人に限って自分が遅れるのは問題視しない人が多い。と、思っていると『桜の花』の入り口から、女性が現れた。背格好は田中のようだが……。

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